4月16日(日)

 浪川さんと陽菜の注文をカウンターまで受け取りに行って席に戻ると、浪川さんと談笑していたはずの陽菜は、横に置いていた参考書を開いて勉強を再開した。勉強の邪魔にならない場所へ彼女の分を置き、浪川さんにもドリンクを差し出した。中身は確か、私には名前もよくわからない、期間限定の冷たいドリンク。
「すみません。奢ってもらっちゃって」
 浪川さんは申し訳なさそうに手を出して、ドリンクを受け取った。今日は珍しくスポーティな装いで、ちんまりと座っている様子が非常に可愛らしい。
「いえいえ、お気になさらず。娘さんに奢るのは、ジジイの数少ない楽しみですから」
「じゃあ、遠慮なく」
 彼女は太めのストローをくわえ、勢いよく吸い込んだ。陽菜は浪川さんに少し遅れて、自分のドリンクを飲む。すぐに視線を手元に落とし、勢いよくペンを動かしていく。
「寄り道までお付き合いしてもらって、本当にありがとうございます」
 浪川さんは座ったまま深々と頭を下げた。
「いえいえ。孫娘のワガママついでですから」
 陽菜の向かい、私の隣の席に置いてあるユニクロの大きな袋をチラリと見やった。なんとか自立している袋の下に、もう一回り小さめの袋も隠れている。
 浪川さんと、今日のできごとを話していると、胸ポケットに入れたスマホが振るえた。「もうすぐ着く」と、幸弘からのメッセージが届いていた。頭頂部しか見えない陽菜に、「お父さん、もうすぐ来るって」と言ったのに、彼女はうんともすんとも言わず、ペンを動かす速度を微塵も変えずに勉強を続けている。
「浪川さんは、どうされます?」
 陽菜はこの後、幸弘が迎えに来て、ここで食事するなり、車に乗ってそのまま帰路に着くなりするのだろうけど、この後の浪川さんは予定を聞いていない。彼女は再び申し訳なさそうに、「すみません。お心遣い、ありがとうございます」と言った。
「適当に本屋でも見て、歩いて帰ります」
「良ければ、送りますけど」
 まだまだ明るい時間帯だし、そこまで治安が悪いとは思わないが、一人でほっぽって帰るのは気が引ける。浪川さんには「いえいえ。どうしてもって時は、兄でも呼びますから」と丁寧に断られた。
「そういえば、この間の攻略本、役に立ってますか?」
 彼女は、年始にここの書店でやり取りしたことを思い出したらしい。楽しげな声にこちらも心踊らせながらいい返事をしたかったのだが、移り気な智希は攻略本どころか、ゲームそのものの話すら、最近は聞かせてくれない。もっぱら、部活のテニスと犬の話題ばっかりだ。
「それが、残念なことに飽きちゃったみたいで」
「そうですか……。もう、3ヵ月ですもんね。仕方ないなぁ」
 浪川さんは遠くを見ながら、ゆっくりとドリンクを飲んだ。彼女がどこを見ているのか視線を追いかけていると、彼女は「あ」と声を上げた。浪川さんはテーブルを軽く指で叩き、隣の陽菜に「お父さん、来たよ」と合図した。陽菜は面倒くさそうに顔を上げ、店外の駐車場からゆっくり近づいてくる幸弘の方を見た。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。