6月30日(金)
向かいの席に座っている哲朗くんは、テーブルの下を向いて、何やら難しい表情でメッセージを打っている。相手は浪川さんか、あるいは最近、距離を詰めてきている女流作家の先生か。将来性は私にはよく分からないが、家柄も性格もそんなに悪くない彼は、案外モテるらしい。
本人にその気はあまりなさそうなところが、かえってモテるのかもしれない。
「哲朗くんは、夏休みはどうするんだ?」
メッセージを打ち終えたところに、声をかけてみた。彼は苦笑いを浮かべて、「別に、仕事ですよ」と答えを濁した。
「せっかく彼女もできたんだ。海でも山でも行けば良いのに」
幸弘はお代わりのビールを選んでテーブルに戻ってきた。今度は黒いビールらしい。
「一人がアレなら、一輝くんと沙綾さんも呼んだら良い」
「山に行くんなら、香帆さんらに声をかけてバーベキューもできるんじゃないか?」
私の提案に、幸弘は珍しく同意して、「撮影チームの懇親会って形なら少しは援助できるかも」と付け加えた。
「みんなでバーベキューは楽しそうですね。でも、スケジュール調整が大変そうだな」
彼はそう呟くと、手元のビールを一口飲んだ。まだ苦味に慣れていないのか、喉越しの良さが分かっていないのか、小さな一口で少々顔を歪める。
「そう言う親父は、母さんと旅行なんだって?」
幸弘に話した記憶はなかったが、私が彼の顔を見つめていると、彼はスマホを握って、「母さんから聞いた」と言った。
「最後の家族旅行って、いつだっけ」
「アレだ、あの地域振興券の時に行った城崎温泉だ」
「そうだった、そうだった。カニもないのに夏場に行って、香織も真琴もブーブー文句言ってたっけ」
別に淡路島でも四国でも和歌山でも良かったけど、みんながあまり行かない方に行ったら、そこまで混雑しなかった代わりに喜ばれることもなかった、ちょっと悲しい思い出だ。
あれから幸弘は社会人になり、香りが高校生、真琴が中学生になり、家族揃って出かけることはなくなった。志津香と二人でちょこちょこ出かけることもあったけど、Gotoの時に出かけ損ねて以来、最近はご無沙汰している。
「お前のところも、そろそろ家族揃っての旅行は最後じゃないか?」
「陽菜の大学受験も考えると、確かにそろそろ最後だなぁ。今からじゃ夏は間に合わないし、秋か冬か」
幸弘はぶつぶつ呟きながら、一人の世界に入っていく。私は黙って話を聞いてくれていた哲朗くんに視線を向ける。
「お盆には、実家に帰るのかい?」
「わざわざ帰るってほどの距離でもないですけど」
「ーーお父さんの誕生日には、帰ってやってくれよ」
横から幸弘が割り込んで、熱のこもったメッセージをぶつける。
「ウチの大事な取引先だから、よろしく頼むよ」
「分かってますって」
幸弘は「分かっていればよろしい」とビールを呷った。今日は珍しく、早々に酔っ払っているらしい。私が「困ったもんだな」と哲朗くんに視線を送ると、彼は小さく頷いた。