7月25日(火)

 平日夕方の茨木駅は、帰宅ラッシュには僅かに早いとは言え、人の流れが増え始めた。鉱次を連れた真琴は、「もう少し早く出ればよかったね」と呟いた。
「総持寺で降りて、車で帰るか?」
 一駅分歩いて車を取りに行くには、少々距離がある。幸弘に訊いて、彼の車を借りて送るという方法も、なくはない。首からストラップで下げ、胸ポケットに収めていたスマホを取り出していると、真琴は「いいよ。電車で帰る」と言った。
「途中で新快速に乗り換えても一本だし、あんまり遅くなるとお母さんにも悪いし」
 彼女は、一人遊びを始めていた鉱次の背中に「さ、帰るよ」と声をかけ、子供の背中に手を添えた。顔だけ私の方に向け、「じゃ、お母さんとお兄ちゃんによろしく言っといて」と言い残すと、こちらの返事も待たずに改札を通って行った。
 ホームへ降りる手前で一度立ち止まり、鉱次と共に振り返って手を振った。鉱次は母親にされるがままに付き合って、真琴と共にホームへ姿を消した。私は二人の姿が見えなくなるまで見送って、早めの帰宅ラッシュを妨げないよう、駅の東側にあるデッキへ出た。
 出入り口を塞がないよう、図書館の返却ポストの方へ避け、スマホを取り出した。
ーーもうすぐ、智希が駅に着きます。
 5分前に来ていた史穂さんからのメッセージ。返事を打つ前に、「オアシスの前にいる」と智希からのメッセージが届いた。「いま行きます」と返事を打ちつつ、そちらへ降りるエスカレーターに向かう。
 エスカレーターを降りたところから少し離れて、智希が愛犬と共に立っていた。テディは落ち着いた様子で智希の横でお座りしている。
「これが、お土産?」
 智希は、私が両手に下げていた紙袋を指差した。私は頷きながら、右手で持っていた方を差し出す。
「鉱次が退屈そうにしてたぞ」
「そう? 啓も居たんでしょ?」
 今日のお出かけには、陽菜や智希にも声をかけたものの、陽菜には「勉強があるから」と断られ、智希には「部活があるから」と断られた。おまけに今日は、史穂さんも忙しいらしく、テディの散歩も智希に押し付けられていた。
 彼のロードワークを兼ねたお散歩コースの途中で、今回の荷物の受け渡しが組み込まれたに過ぎないらしい。彼は紙袋を受け取ると、すぐさま「じゃあ」と背中を向けた。私はその背中に「家まで送るよ」と声をかけた。
「いいよ。まだまだ明るいし、中一の男子だぜ?」
 彼は「テディもいるし」と、足元の愛犬に声をかけた。
「ペットの散歩には付き合えて、ジジィの散歩には付き合えないか?」
 智希は少しだけ不服そうな表情を浮かべるも、小さく息を吐くと「行くよ」とテディのリードを軽く引いた。私は、彼らに置いていかれないよう、歩き始めた。
 智希はまっすぐ消防署の方へ向かわず、次の信号を右手に曲がって、岩倉公園の方へ足を向けた。遊具ではしゃぐ子供たち、芝生で駆け回る学生の姿が見えてくる。公園の前で動きを止めた愛犬に、智希は「十分、遊んだだろ?」と声をかけていた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。