11月18日(土)
「爺ちゃんが子供の頃もさ、門限ってあった?」
いつものように、智希と犬の散歩に付き合っていると、孫の方から何気ない会話を切り出された。彼は私の方を見て、興味深そうに回答を待っている。私は「ああ、あったよ」と答えた。
「何時だったかは覚えてないけど、せいぜい夕方とか、遅くても晩ご飯までだったかな」
半世紀近く前の話を、急に思い出そうと思ってもパッと出てこない。当時は必死だったはずなのに、それが午後六時までだったのか、午後七時までだったのか、当時の実家を思い浮かべてみても、時計の針まで思い出せない。
「どうしても遅くまで遊びたい時とか、なかったの?」
「遊びたくても金はなかったし、遊ぶ場所も大してなかったな。暗くなったら帰るで十分だったよ」
「お祭りの時とかは」
「そういう時は特別に許してもらったな。必死に約束してさ」
絶対に守るからと約束するのに、そういう時に限ってハメを外して、大目玉喰らって。またその時期がやってきたら何事もなかったかのように、守れない約束をしては雷を落とされる。そういう繰り返しだったっけ。
「やっぱり、皆んなそうなんだ」
少し肩を落とした智希の様子が気にはなったが、私は「ああ、そういうもんだ」と答えた。そういえば、幸弘からも似たような話を聞いた気がする。陽菜が万博まで紅葉の夜間ライトアップを見に行って、門限ギリギリで帰ってきてヒヤヒヤしたと言ってたっけ。
「まぁ、お姉ちゃんの場合は、お父さんもお母さんも心配だったんだろ。年頃の女の子だしな」
今月の頭に十三歳を迎えたというのに、まだまだ線が細く、背丈も思ったより伸びていない彼に、「年頃の女の子」がピンと来るかは分からなかったが、彼はそれに何も言わず、「うん、そうだね」と納得した。
「あれ、武藤さんじゃないですか」
ファミリーマートの前で、威勢のいい大きな声に呼び止められた。智希が一瞬ビックリしていたが、相手を見て緊張を解いた。彼がリードを握っている愛犬も、警戒を解いて撫でてもらっている。
「お孫さんと散歩っすか?」
私は頷いて、「まぁ、そんなところ」と答えた。
「晃くんこそ、こんなところでどうしたんだ?」
「現場がちょっと早めに終わったんで、瑞希の出迎えっす」
晃くんによると、どうやら今日はJRで京都から帰ってくるらしく、駅向こうのイートインがいっぱいだったからコッチに移動してきたのだとか。
人通りが多くないとは言え、まだ午後五時前。明るいとは言えないものの、無理に出迎えにこなくても良いような気もする。
「妹想いなんだね」
私が素直に想いを述べると、彼は「それもありますけど」と一旦言葉を切った。
「明日の打ち合わせを家の外でしたくって」
「明日?」
「そう、明日」
そう言えば、明日は何かイベントがあるんだったっけ。幸弘も、朝から京都まで行かなきゃ行けないとか言ってたような。
「何時に出るとか、そういう話が家だとしにくいもんで」
「あ〜、なるほど」
コンビニの前で立ち話をしていると、晃くんのスマホが鳴った。どうやら仕事の話らしく、邪魔にならないように別れの挨拶をして、智希と共に彼の下を離れた。名残惜しそうにしていた愛犬を半ば引きずるようにして、河川敷へ降りていく。
ふと、智希の横顔を見ると、ちょっぴり落胆しているように見えた表情がいつの間にか、キリッとした顔つきに変わっている。目にも力が戻っているようだ。彼は愛犬のリードをしっかり握り、下流へ向けてきびきびと歩き始めた。私も置いていかれまいと、その速度に合わせて足を進める。息が弾む速さに、身も心も少しだけ軽くなった気がした。