10月19日(木)

 夕方にパパッと幸弘のオフィスを訪れて、土産を置いたらサッサと帰るつもりだったのに、何故か年若い娘さんたちを前にして、居酒屋で日本酒を飲んでいる。華やかな彼女らにはあまり似つかわしくない、非常にオジサン臭い店だ。
 当人らは周囲の目や私の考えなど全く気にせず、自分たちのペースでビールやつまみを頼んでいる。瑞希さんは早々に日本酒に切り替えた。
「そうか、そいつは災難だったね」
 私が志津香とドライブ旅行に出かけている間に、思わぬ出来事があったらしい。
「でも、武藤さんが旅行にでも行かないと、いつまでも接点生まれなかったかもね」
「それはそうかも」
 沙綾さんはビールを飲み切ると、通りかかった店員を呼び止めて、日本酒の銘柄が書いてあるボードを要求した。今は階下にあるらしく、女子大生っぽい店員は「少々お待ちください」と空きのグラスを大量に持って階段を降りて行った。
「でも、お兄ちゃん的には、沙綾さんより朋子さんの方が気ぃ使うわ、みたいに言ってたけど」
 瑞希さんはグラスに並々と注がれた日本酒に口をつけ、一口啜ってグラスを小皿から引き揚げた。彼女のお兄ちゃん、晃くんでなくても、朋子さんを目の前にするとピリッとする。朋子さんより年長者であるはずの私でも、たまに緊張してしまう。
「弟もいるし、苦手ってことはないとは思うんだけど、なんか距離感が難しいんだよね」
 見た目的にも性格的にもはっきりしていそうな沙綾さんに、男性が苦手という印象はない。むしろどんな男性でもいいように振り回す素質もありそうだけど、それも上手にいなす一輝くんが特別なだけであって、晃くんは彼女にとって「そこら辺の男性」と大差ない気もする。
 アーティスト肌で気難しそうな人柄という点では、沙綾さんが距離感を図かねている晃くんよりも、彼女が懇意にしている一輝くんや瑞希さんの方が当てはまりそうなもんだが、引っかかっているのはそういうことでもないのだろう。
「武藤さんの時はどうでした? 奥さんのご兄弟とか……」
 沙綾さんの問いが私に向けられ、ようやく「ああ、そういうことか」と腑に落ちる。とはいえ、志津香の兄や姉と出会ったばかりの感覚や気持ちなんて、全く覚えていない。親御さんとは別の緊張感があったような気はするが、それをどう乗り越えて、どう人間関係を構築して行ったかも覚えていない。
「ほぼ半世紀前の出来事だから、あんまり覚えてないな」
 沙綾さんの落胆が、仕草に現れている。
「ご期待に添えず、申し訳ない」
 私が軽く頭を下げると、彼女はハッとした表情で居住まいを正し、「こちらこそ、ごめんなさい」と謝った。私は「いやいや、気にしていないからいいよ」と彼女に言った。
「まぁ、赤の他人でもないし、友達とも違うし、独特な距離感、緊張感はあるだろうね」
 とっさのフォローに、沙綾さんは「ですよね」と得意げな表情で言った。コロコロ変わる表情、大きな身振りは見ていて楽しい。
「まぁ、何度か会えば大丈夫じゃない?」
 沙綾さんの横から、瑞希さんが笑いかけた。
「私とお兄ちゃんの兄弟だし」
 長男の一樹くんと、末っ子の瑞希さんと気が合うのなら、真ん中の晃くんも大丈夫だろう。彼の顔を脳裏に思い描いてから、彼用の土産を買っていないことに気がついた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。