2月15日(水)

 株式会社Mサイズの就業規定的には定時の19時を過ぎ、いつものようにそのまま残業に突入するか、適当に切り上げて飲みに行くかというタイミング。今日は、応接スペースを少し拡げてお客様に座ってもらっている。普段は家で子供達と先に晩ご飯を食べている妻の史穂が隣にいて、その向かいに得意先の奥野さんが座っていた。
 奥野さんは先日仕上がったばかりのレンタル衣装やのチラシを見て、後ろの哲朗たちの方を見る。哲朗は、チラシのモデルをやってくれた浪川瑞希さんと共に、目の前のモニターを見ながら楽しそうにやっていた。
「彼は、優秀なの?」
 僕は打ち合わせ用のノートPCと、大きめのモニターを繋ぎながら答える。
「ええ。優秀ですよ。制作スキルは文句なしです」
 ケーブルを繋ぎ、一度画面を閉じてモニターとノートPCの画面とを連動させる。テレビ会議用のアプリを立ち上げ、森田さんと小野寺さんにも入って来てもらった。
「お疲れ様です。急な声掛けで申し訳ない」
 森田さんは自宅から、小野寺さんは摂津市のオフィスから参加してくれているらしい。
「僕と森田さんだけで完結しないかもと思ったんで、小野寺さんもよろしくお願いします。早速なんですが、送ったやつ、見てくれました?」
 打ち合わせが始まる前に、Slackで動画のURLを送ってあった。少しの遅延を挟んで、森田さん、小野寺さんがほぼ同時に「見ました」と答えてくれた。奥野さんの自宅サロンを題材に、彼女の娘の沙綾さん、瑞希さんとが作ったショートムービー風の体験映像。
「レポートはほとんどないんですよね? PRというか、Youtube動画的に埋もれないかが心配ですね」
「私は好きですよ。海外から見た日本みたいな感じだし、チャンネルとロゴがコビトカバっていうギャップも可愛くて」
 森田さんの懸念、小野寺さんの感想、どちらも正解だろう。ロゴ関係は、瑞希さんの兄、一輝さんに作ってもらった、可愛くもシンプルなシンボリックなイメージ。
「再生数とかチャンネルが伸びるかは、瑞希さんと哲朗くんに悩んでもらおうと思う」
 実際に、瑞希さんたちのバックアップ、Web周りのマーケティングやブランディングは全て哲朗に丸投げしてある。沙綾さんがインフルエンサー、モデルとして伸びれば、そこの底上げも期待はできるだろう。
「問題は、新機軸のマーケティング施策、プロモーション施策が考えられないかなと思いまして」
 奥野さんが議論をすっ飛ばして、少々強めのボールを蹴って来た。森田さんは「あ、動画の話じゃないんですね」と軽くトラップしてくれる。
「こういう動画をどんどん作ってもらったり、お友達を紹介したりするのは問題ないんだけど、こういう取り組みをさらに生かす、お互いによりWin-Winになる仕組みが構築できればもっと良いのになぁ、と思ったんですが……」
 奥野さんの起業家仲間、小野寺さんの繋がりで、動画を使ったマーケティング、プロモーションを重ねていくのは可能だろうし、機材やスタッフを追加して映像そのもののクオリティも上げられるだろうけど、それだけでは少し物足りない。確かに、それもよく分かる。
「今まで、アンドウさんとか小野寺さんのところでやっていただいた施策は今後もお願いするんだけど、それとは毛色が違うような気がして」
「で、アイディアなりコンテンツなりを小野寺さんも巻き込んで考えたい、ってことですか?」
「ま、そういうこと」
 森田さんはかなり深刻そうに「う〜ん」と唸り、小野寺さんも小野寺さんで難しそうな顔をしている。
「若人と地域のお客さんのために、ゆっくり知恵を捻ろうじゃないか」
 僕の言葉に、森田さんはまだまだキツそうな表情を浮かべている。会議はさっき始まったばかり。とりあえず、たっぷり2時間やろうじゃないか……。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。