5月16日(火)

 我が家の食卓でノートパソコンと何やら印字された紙を広げながら、香織さんと彩夏とが二人でペンを片手に額を突き合わせている。宿題を見る親子、いや歳の離れた姉妹のように見えなくもない。
 私はそれを眺めながら、コンロの前に張り付いている。火力の強い方にはたっぷりと水を張った大きめの両手鍋。弱い方にも似たような片手鍋でお湯を沸かし、換気扇の下で何も聞こえないなりに、二人のやりとりをジッと見つめてしまう。
 火の熱さに少々ぼんやりしていると、冷蔵庫に貼り付けたキッチンタイマーが唸り出した。慌ててアラームを切り、両手鍋のガスを切る。シンクには既に大きめのザルをセットしておいた。取手の熱さに注意しながら、3人分のパスタをザルの中へ移していく。
「あら、バターないんだ」
 私の動きをしっかり見ていた香織さんは、冷蔵庫を開けて言った。彩夏も彩夏で、食卓の上をザッと片付け、片手鍋のガスを切る。香織さんは「ないなら仕方ない」とドアポケットのマヨネーズを取り出し、湯切りをしたパスタに投下した。
 彼女はパパッとマヨネーズを仕舞う。私はパスタにマヨネーズを絡め、いつかのパン祭りで交換した白いお皿に三等分していく。彩夏は引き出しから菜箸を探し当て、片手鍋のお湯の中にいたパスタソースのパウチを3つ、取り出した。キッチンペーパーで表面の水滴を軽く拭いてくれる。
「香織さんは、どれにします?」
「二人が先に選びなよ。残ったのでいいって」
「じゃあ、彩夏が先に選んで」
 3つとも全部バラバラの、賞味期限が少々怪しいレトルトソース。近くのスーパーで適当に買ってきて、そのまま仕舞い込んでいたのを引っ張り出しただけの、適当ご飯。彩夏は和風きのこを、私はイカ墨を選び、残りのミートソースが香織さんという結果に。パウチを開け、サイズが微妙に違うカトラリーを食卓に並べる。三人で「いただきます」と声を揃えた。
「他人ん家でこういうランチも、たまにはイイね」
 香織さんは心底美味しそうにミートパスタにフォークを突き立てている。
「こんなモノしか出せなくて、すみません」
「全然気にしないで。パスタに麦茶とか、サイコーじゃない?」
 香織さんは隣に置いた麦茶を豪快に飲んだ。ミートソースとのマリアージュを、本気で楽しんでいるように見えてくる。
「でも、色気がない冷蔵庫だわ。バターもマーガリンもないなんて、朝からちゃんと食べてる?」
 学生の頃から、朝からしっかり食べる方ではなかったけど、社会人になってからは、ほとんど食べなくなっている。
「朝っていうか、自炊もほとんどしてないでしょ」
 彩夏が横から香織さんに加勢する。香織さんは大きく頷いて、「うん。アレは酒飲みの冷蔵庫だわ」と断言した。
「一人暮らしのアラサー女子だって、自炊ぐらいしますよ」
「へー。本当に〜?」
 香織さんも彩夏も疑いの目で私を見つめる。彩夏はまだしも、香織さんにはさっきの手際で色々バレた気もする。大して汚れていない水回りにコンロ、5月も半ばというのに、換気扇だって比較的綺麗なままだし、それに引き換え、お酒の瓶や缶は見えるところに積み上がっている。
「こ、今度、ペペロンチーノぐらいご馳走しますよ」
「ペペロンチーノぐらい? 聞き捨てならんぞ〜」
 香織さんの目に何かが宿る。悪戯っぽい表情がかえって恐怖を煽る。どうやら私は何かを誤ったらしい。ほぼ初対面のはずの、二人のシングルマザーに、謎の結束力で追い詰められている。なけなしの私の女子力をかき集めても、太刀打ちできそうになかった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。