6月12日(月)

 隣で自転車を押しながら歩く哲朗くんから、言葉が少なくなってどれぐらいの時間が経っただろう。ある程度見知った関係とは言え、暗がりの中を二人並んで黙々と歩き続けるのは、それなりに緊張感がある。
 時折彼の方を見るものの、表情は至って平常、特に何かを気にしている素振りはない。どうやら、私が一人、疲れも相まってテンションがちょっぴりおかしくなっているだけらしい。
 もう、目の前に平和堂の看板が見えてくる。前回、武藤さんと笠井さんに送ってもらった道まで帰ってきた。交差点の向こう側に、確かたこ焼き屋さんがあった気がする。あそこは、割と遅くまでやってたはず。
「お腹空いてるよね。たこ焼きじゃ物足りないと思うけど、食べる?」
 哲朗くんの顔を見上げる。彼は少々思案するように上を見上げ、少しだけ間を置いて「じゃあ、いただきます」と微笑んだ。
 遅くまで残って手伝ってくれたお礼に、と散々連れ回しては玉砕してきたのに、なんと爽やかな笑顔を見せてくれるのだろう。類を見ない優しさと穏やかさ、最近はメキメキ頼り甲斐も出てきて、非の打ちどころがなさすぎる。
 彼の少し前を歩いて、交差点を渡る。お店の前まで先導し、往来の邪魔にならないところでちょっと待っててもらう。
「たこ焼きを、15個入りを1つと、8個入りを1つ。それから、豚玉と焼きそば並盛りも」
 自分の晩ご飯も差し込みつつ、注文と会計を済ませる。作り置きを少し温めてもらって、袋も二つに分けてもらった。粉もんがたっぷり入った方を哲朗くんに差し出す。彼は袋の中を覗き込みながら、「こんなに、いいんですか?」と言った。
「コレぐらいペロッと食べれるでしょ?」
 彼はまた少し間を置いて、考えている。一人納得したらしく、小さく頷くと自転車の前カゴに袋をそっと置いた。
「で、君はどうするの?」
 南茨木で行きたかったお店は定休日で、立ち寄りたかったたこ焼き屋さんは早々に閉まっていて、「送ってくれる」という言葉にも甘えながら散々連れ回してきたけど、お礼という意味ではミッションをクリアした。
「ココまで来たら、家までもうすぐだし。あんまり遅くまで連れ回すのもアレだし」
 私はココから5分も歩けば家に着くけど、彼は自転車で5分ぐらいの道を帰らなきゃならない。そろそろ21時半。目の前の通りを茨木市駅の方まで上がっていけば、そんなに迷うことなく帰り着けるはず。
「お一人ですもんね。了解しました」
 彼は何かを勝手に察知して、独りで納得したように頷いている。
「ご自宅はどちらでしたっけ」
 私は信号の向こうを指した。
「じゃあ、途中まで」
 彼は自転車のスタンドを上げ、横断歩道の前まで行った。私は前後左右を確かめて、彼の背中を追いかける。パチンコ屋の横を通り抜け、平和堂の前までやってきた。
「私はココで」
 私は足を止め、少し前を歩く彼の背中に声をかけた。彼は灯りが灯っていない平和堂の方をチラッと見て、自転車に跨りながら、私の方へ振り返った。
「じゃあ、おやすみなさい」
 私も「おやすみなさい」と返すが、彼は颯爽と自転車を漕ぎ出し、スーッと遠ざかっていく。去り際もめちゃくちゃ決まってるじゃない、と思いながら、私は独りでちょっと暗い住宅街に足を踏み入れた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。