4月21日(金)

 横長の長辺を留めたA4のコピー用紙を何度か繰り返し見て、耳に挿した赤いサインペンを手に取った森田さんは、そのままキャップを外すことなく、ペンを横に置いた。「うん、コレで、いいんじゃないでしょうか」と、紙面から顔を上げた。
「今週も、お疲れ様でした」
 彼は椅子に座ったまま深々と頭を下げ、コピー用紙の束をトレイに入れた。印刷物の元になったデータを、ドラッグして「完成原稿」のフォルダに納めた。
「それで、どう?」
 森田さんはテキストファイルの名前を変更し、モニターを軽く指差し確認してから振り返った。
「朋子さんのおかげでアクセスはあるんですが、書き手が足りてないですね」
 彼は画面を切り替え、アクセス解析の画面を見せてくれる。確かに、私のエッセイはよく見られているらしいが、他の記事はあまり伸びていない。
「原稿をかき集めて、来月辺りに創刊号にしてもいいんですけど、朋子さん的にそれじゃダメなんですよね?」
「私的にっていうか、編集長的にそういう雑誌にはしたくないんでしょ?」
 私の返しに、森田さんは苦笑いを浮かべ、「う〜ん、そうですねぇ」と唸りながら後頭部を掻いた。
「もうちょっと、ごった煮の部活感は出したいですよね。せっかくなら、フィクションの割合も増やしたいんですけど、いい人というか合う人が中々いないんですよね……」
 このままボリュームだけ出しても、私のエッセイと彼の小説と、小野寺さんたちのちょっと捻った情報提供ページだけでは確かに物足りなさはある。もう、2、3人ぐらい、できれば4、5人ぐらいは作家が欲しい。
 自分の席で仕事に勤しんでいる武藤さんは、エッセイは書けるものの、小説はあまり得意じゃなさそうだし、安藤さんにお願いしたとしても、独自の映画批評コーナーぐらいしか頼めない気がする。
 芽衣さんの別名義の漫画や挿絵も挟まってはいるものの、コレから拡がっていく未来はまだ描けない。
「サイト上で募集してたり、お問い合わせフォームから応募があったりもするんですが」
「それで、いい人が来たら困らない、と」
 森田さんはゆっくり頷いた。彼の思い描くイメージ、世界観に合うかどうかというハードルも着実にある。上手い下手はあるとしても、それ以外の「何か」が噛み合うかどうか、そこが肝にはなってくる。フィーリングやセンスが合うかどうか、コレばかりは運次第。
「哲朗くんの身近なところに、そういう人居ない?」
 森田さんは、武藤さんと打ち合わせが終わって自分の席に戻っていく哲朗くんに声をかけた。彼は椅子に座りながら、少し考え込むように「う〜ん」と唸る。
「聞いてはみますけど、僕のところより、みぃちゃんの学部の方が居そうだなぁ……」
 彼は隣の瑞希さんに視線を送る。彼女は「え? 私?」とパッと顔を上げた。
「そうだ。立命の映像だったっけ」
「そうですけど、な、なんでしょう?」
 哲朗くんが、彼女に今までの経緯を説明する。彼女は軽く頷く。
「そうか。学生とか知人に当たってみればいいんだ」
 森田さんは、目の前のモニターを見ながら、独り言のように呟いた。彼は一人で納得したらしく、大きく頷いてこちらに顔を向けた。
「書き手の方はこっちで頑張ってみるんで、購読者の件はお願いしてもいいですか?」
 力のみなぎった彼の目に、「えぇ」と反射的に応えてしまった。
 なんだかんだでこの編集長、頼りになるじゃない。おばちゃんのネットワークで、目一杯支援しなくっちゃ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。