6月18日(日)

 一昨日の夜、森田さんから打ち合わせをしたいとダイレクトメッセージが来た時は、ちょっとだけ驚いた。「できるだけ近々で」と言われたから、「日曜日でも良ければ」とスケジュールを出すと、そのまますんなり通って今に至っている。
 彼の奥様は何度かお客様としてお越しいただいているし、お嬢ちゃんたちとも仲良くさせてもらっていると思うけど、彼に自宅サロンへ赴いてもらうのはこれが初めてだろうか。
 私は完全にオフのつもりで、テレビもつけっぱなしにしたまま彼を出迎え、お茶を淹れる。彼の手土産、蔦屋さんの若鮎に合わせ、久々に緑茶を出した。私が「どうぞ」と促すと、彼は「いただきます」とお茶に手をつけた。口を十分に湿らせてから、話を切り出す。
「日曜日なのに、お時間いただいてすみません」
「こちらこそ、父の日なのに良かったのかしら?」
 今日、彼は一人でうちへやって来ている。お子さんたちは、ママと共に京都のお祖父ちゃんへ逢いに行っているらしい。彼は短く息を吸い、表情を少し引き締めた。
「単刀直入に申し上げると、沙綾さんを主演に、自主制作映画を撮らせていただけないかと思いまして」
「あら、そんなこと?」
「朋子さんの計画もあるかと思いまして、本人の許諾を取る前にお話だけさせていただけたらと……」
 最近の沙綾は、何かと忙しくしているようで、大学生の課題を兼ねた映画制作にも関わっているし、瑞希さんの自主制作にも脚本作りから関わっているらしく、モデル、インフルエンサー以外の業務もそれなりに立て込んでいるらしい。
 女優としてのキャリアになるかどうか、微妙なのはよく分かるけど、何事も経験な気もする。健康を害さない程度に数をこなす、圧をかけてもらうのは悪いことではないとも思う。
「お好きになさってくださって、結構です。森田さんにはヒイラギのことでお世話にもなってますし」
「いいんですか? ありがとうございます」
 彼は深々と頭を下げた。その頭を見て、私は思いついた条件を付け加える。
「ただし、脚本や絵コンテは事前に私へ確認を取ること、撮影やビジュアル面は安藤さんに相談すること、試写に私を同席させること」
 可能なら、「公開まで漕ぎ着けること」も付け加えたかったけど、それはやっていくうちに考えればいい。頭を上げた森田さんの顔には、「それだけでいいのか?」と言わんばかりに、弛緩した表情が浮かぶ。彼は、力が抜けた声で「それはもちろん、おっしゃる通りにさせていただきますけど」と言った。
「御用はそれだけ?」
 彼は「わざわざお時間いただいたのに、すみません」と軽く頭を下げる。
「直接お会いして、お話ししておきたかったので」
 ダイレクトメッセージなり、電話なりでパパッと済ませても良かっただろうに、わざわざご足労いただいて。その殊勝さに、ますます編集長が好きになる。クリエイターとして、どんどん色んなことに挑戦してもらって、経験もスキルも伸ばしてもらいたい。
 彼が持ってきた若鮎を摘みながら、テレビから聞こえてきた「地震から丸5年」のフレーズに、「あの時どうだった」と思い出話に花を咲かせた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。