10月20日(金)

 JR茨木駅まで移動して、西口から地上へ降りて線路沿いに北上する。居酒屋裏の地域猫たちを眺めながら、線路横の歩道橋を上り下りすると春日商店街へ入っていく。餃子の専門店を通り過ぎ、その先の丁字路も曲がらずに真っ直ぐ行って、お花屋さんの前で足を止めた彼は、趣のあるドアを開いた。
 商店街の雰囲気とは打って変わって、非常にムードのある薄暗い店内。落ち着いた間接照明が、如何にもな空気を作り上げている。
 予約もせずに足を踏み入れたのに、店主は快くカウンターの奥の席へ案内してくれた。彼が一番奥の席に行き、私は一つ手前の席に荷物を置いた。コートを掛けてもらい、荷物をテーブル下のフックにぶら下げる。
 彼は椅子に座りながらグルっと店内に視線を巡らせ、店主が持ってきたメニューを「ありがとう」と受け取った。
「久々に来たけど、また味が増したね」
「そう? 私は初めて入るわ」
 JRの駅前まで出てきても、どこかで買い物に立ち寄るか、さっさとバスに乗り換えて帰ってしまう。商店街の奥の喫茶店もこの間行ったけど、それもわざわざ声が掛からないと行かなかったように思う。
「朋ちゃんは何にする?」
 彼は私にもメニューを見せてくれるが、説明を読むだけでは何が何やら分からない。どうやら彼は海外のピルスナーに決めたようだけど、私は同じメーカーの黒ビールを選んだ。
 彼はそのまま前菜の四種盛りと、自分用のカレーも注文した。私は自分の腕時計に目をやり、時間を確かめる。
「まだ五時前だけど、そんなに頼んで大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。俺は従業員じゃないからね」
 彼はニヤッと笑って、運ばれてきたビールに口をつけた。「うん、美味い」と呟くと、一緒に運ばれてきた四種盛りにも早速お箸をつける。ポテトサラダの上の方を一口持って行った。
 私は彼の言動に一抹の不安を覚えながら、目の前の黒ビールに口を付ける。独特の香りと甘みが強烈なクセになっている。このクセの強さはハマるかもしれない。店主がグラスの横に置いてくれた瓶を見て、銘柄を確かめる。
「他所で買おうと思っても、全然売ってないんだよ」
 新しい来客に応対して忙しそうな店主の代わりに、彼が説明してくれる。彼の言葉に疑問を抱きながら、銘柄をスマホで検索してみると、専用の通販サイトが数件出てくる。通販サイトから注文するしかないとなると、フラッと街中のリカーショップを訪れたって買えないかもしれない。
 彼が飲んでいるピルスナーも一口、味見をさせてもらう。これもこれで、クラフトビール特有のアルコールの強さ、ホップの苦味がガツンと来る。「大丈夫」と言っていたけれど、こんなのを一杯、二杯飲んでから、本当に仕事ができるのだろうか。
 彼は四種盛りをチマチマ摘みながら、今日のセミナーの感想も話してくれる。褒め言葉はありがたいのだけれども、ビールが美味しすぎて話が全然入ってこない。おツマミも、一つ一つしっかり手間がかけられていて、ちゃんと美味しい。
 期待値がしっかり上がったところで、彼の前にカレーがやってくる。こんな早い時間に血糖値をグッと上げてしまって、本当に大丈夫なのか。私の心配を他所に、彼は大きな口でカレーを掻き込んでいく。
 匂いに負けてジッとカレーを見ていると、彼は「スプーン、もう一つもらおうか?」と聞いてきた。私は「一口だけ」と彼からスプーンを受け取り、ルーを小さくすくって舐めてみた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。