4月24日(月)

「なぁ〜んか最近、可愛くないね」
 四人掛けの席で目の前に座った沙綾さんは、赤のハウスワインが届くなり早速喉を湿らせて私に言った。あまりに唐突な言い方に、水を入れてきたグラスを落としそうになる。
「そうですか?」
 彼女は頷いた。
「前は違う意味で可愛くなかったけど、それが無くなったかな……」
 沙綾さんの言いたいことがイマイチ飲み込めず、一人でジッと考え込んでいると、彼女は運ばれてきた辛味チキンをパパッと二つ食べてしまった。「嗚呼っ」と思っている間に、例の魔法の粉をササっと塗してしまう。
 相当残念そうな表情でじっと見つめていたらしく、沙綾さんには珍しく「あら、ごめんなさい」と頭を下げた。彼女は呼び出しボタンに手をかけながら、「もう一つ頼む?」と訊いてくれた。それに首を横に振って応えたのに、彼女はボタンを押した。呼び出された店員さんに白のグラスワインを頼み、空きのグラスをついでに下げてもらう。
 店員さんがテーブルを離れるのを見守ってから、沙綾さんは私の目をジッと見る。
「で、哲朗がどうしたって?」
 彼女は頬杖をついて、つまらなさそうに言う。取り繕った返事をしても、彼女は「そういうの、いいから」と取りつく島もない。
「欠席裁判が嫌なら、本人呼んじゃう? もう、仕事も終わってるんでしょ?」
 容赦ない詰めっぷりに、自然とあうあうしてしまう。いつもながら、この人強い。一兄、こんな人と同棲してるなんて、凄すぎ。などと、この場にいない人のことを褒め称えている暇なんてない。
 さっき二人でMサイズの事務所を出る時にはいなかったから、哲朗さんは今頃、駅の向こうの学生マンションに帰っているはず。呼び出したってすぐに来れる距離だけど、なんとなくメッセージは送りたくない。
「呼べない理由が何かあるのか。なるほど……」
 スマホをチラッと見たのがバレたらしい。沙綾さんは新しくテーブルに届いた白ワインをゆっくり味わっている。しっかり口の中で転がしてから、飲み込んだ。
 テーブルには、マルゲリータやらパスタやら運ばれてくる。彼女は店員さんに愛想良く「ありがとう」と言うと、早速パスタをフォークで巻き上げた。私はピザカッターを握って、歪な円形に下手くそな切れ込みを入れていく。沙綾さんはパスタを一口食べ、ワインを飲んだ。
 彼女はフォークを持ったまま、私の方を見る。
「コレ食べたら、私、帰っちゃうけど」
「えっ、あ……」
 彼女の宣言に不意を突かれ、言葉が出てこない。相談したいことも色々あったのに、考えがまとまらない。
「帰る前に、突撃しちゃう?」
 彼女は悪い笑みを浮かべながら、ワインを飲む。
 思い切って突撃? それも悪くないような。少なくとも、夕方に見た光景は拭えそうな気がする。私は不器用に切り分けられたピザを口に運んだ。
「私も一口、もらっていい?」
 沙綾さんは、私が「どうぞ」という前に、スッと小さめの一切れを持って行った。彼女はニヤニヤしながら、ピザとワインのマリアージュを楽しんでいた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。