5月10日(水)

「瑞希さんの気持ちは分かるけど、面白いのを書くんだよ」
 森田さんは、印刷して肩をダブルクリップで止めたコピー用紙の束を差し出した。それ、結局分かってないんじゃんと思いながら、渋々受け取って流し読みする。確かに引き込まれる文章な気はする。あの人の顔が過ぎっても、読み物として嫌いになり切れない。
「取り巻きっぽい二人も中々興味深いんだよなぁ。特に、あの青柳さんて子? 心理学部に来る京都人っぽさが、いい味になってる」
 森田さんの横から、武藤さんが山積みになっている束から、青柳さん、鈴木さんの文章を引っ張ってくる。青柳さんのエッジが効いてるエッセイは、文章こそ練り上げ切っていない印象があるものの、朋子さんのエッセイと比べても、引けを取るものには思えない。
「瑞希さんは、そういう話をしてるんじゃないと思うんだけど」
 後ろから、香織さんが声をかけてくれる。男どもは分かっていないと言わんばかりの表情で、私に笑いかけてくれる。
「兄貴も康徳さんも、娘いるんでしょ? 父親としてはどうなのよ」
 香織さんの問いかけに、武藤さん、森田さんは腕を組み、難しそうな表情で上の方を見る。武藤さんの方が先に口を開いて、「う〜ん、人生経験と思えれば、そういう困難があってもいいかなぁ、と」と答えた。それを聞いていたらしい森田さんは、「そういう見方もありますね」と同調しながらも、「僕は、瑞希さんみたいな娘に育って欲しいなと思いますよ」と言った。
「作家の子、クリエイターになりたい子が真っ直ぐすぎるのも変な気はしますけど」
「陽菜がそういうテクニック、駆け引きに走る娘にはなって欲しくはないなぁ」
 武藤さん、森田さんはお互いの顔を見合わせ、同時にゆっくり大きく頷いた。
「でも、明子さんとは会ってるんだろ?」
 武藤さんは自分のスマホを持ち出しながら言う。
「瑞希さんはいい娘だったって、俺も聞いてるし」
 彼はメッセンジャーを開いて、明子さん、哲朗くんのお母さんとのやりとりをグッと突き出してくれた。武藤さんはスマホを机の上に戻しながら言う。
「他の娘より、一歩も二歩も先んじてるんじゃない?」
「哲朗くんなら、身持ちも堅そうだし」
 何かの弾みで間違いを犯す人なら、私も苦労はしない。香織さんは「でも、アレぐらいの男の子なら、その時はその時よね?」と横槍を入れる。
「聖人君主でもないんだし、据え膳食わぬも、私は嫌かなぁ」
 何をやっても暖簾に腕押し、靡くことのない安全物件というのも、面白みに欠ける。駆け引きの面白さ、揺さぶる楽しさぐらいは確かに欲しい。それも分かる、分かるけど、と香織さんに視線を送る。彼女と視線がかち合うと、「あ、ごめんなさい」と舌を出して謝った。
「いやぁ、青春だなぁ」
 森田さんは腕を組んで、しみじみと呟いた。そんな森田さんに、隣にいた武藤さんが「森田さんはまだ、羨ましいって歳じゃないでしょ」と突っ込んだ。それを見ていた香織さんまで、楽しそうに笑っている。
 大人たちは他人事だと思って、やいのやいのと談笑している。こっちは本気で相談したのに、なんだかなぁ……。自分で答えを出さなきゃダメなのは分かってるけど、どうしたものか。悩みは晴れないまま、刻一刻と時計の針は進んでいくーー。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。