5月30日(火)
武藤さんは、オフィスの隅に綺麗に積み上げられた雑誌の束から、一番上の一冊を手に取った。表紙をジッと見つめ、嬉しそうな表情を浮かべている。
「うん、イイじゃん。香帆さんの絵がまた、文芸誌っぽくてイイね」
彼は装丁を一通り眺めると、応接スペースでコーヒーを飲みながら待っている朋子さんにも、ヒイラギの創刊号を手渡した。彼女もしっかり表紙を眺めると、早速パラパラと中を開いた。
「うん。イイんじゃない? マンガからエッセイから、小説に短歌、川柳まで。ちょっとちゃちなところはあるけど、雑誌として纏まってるのに、グチャグチャなラインナップが最高じゃない」
「個々の作品、文章も、パッと見は特徴ないと言うか、読みやすいぐらいなのに、根底の隠しきれない異常さというか、掴みきれない背景みたいなのが行間に滲んでる感じもあって、イイね。印刷物として縦書きで読むと、より一層、グッと来る」
「イイ同人誌じゃない。編集長さん」
「うん。最高だよ、森田さん」
武藤さん、朋子さんに異様に褒められて、めちゃくちゃ嬉しい。
「いえいえ。朋子さん、小野寺さんのお力添えあってこそ、ですよ。武藤さんにも助けてもらいましたし」
朋子さん、小野寺さんに書き手の年代別に取りまとめてもらったから、形になってるし、武藤さんたちの出資があったから、いきなりオフセット印刷で100部も印刷してもらえた。
「いやいや、編集長のプロデュースというか、底知れないヤバさみたいなもんがココに詰まってるから、コレはこうやって成り立っていて、強烈なインパクトがあるんだよ」
「そうね。表向きはちゃんとお行儀良くてお上品なのに、計り知れない野性味というか、偏執的な変態性も薄まってない。こういう雑誌が読みたかったのよ」
ヒイラギには、目の前の二人の作品、文章も掲載してある。褒められているのかどうかよく分からないけど、あなたたちもその一角ですよ? 自覚があるのかないのかは分からないし、褒め言葉かどうかもよく分からないけど、黙ってニコニコしておこう。
「一旦、隔月目標で進めてみますか」
「そうね。定期購読メインで読者と部数、書き手もまだまだ募って、どんどん部活的に広げる、育てる方向で頑張りましょう」
「ということで、編集長、引き続き、頼みますよ」
まだ何も言ってないのに、二人はどんどん先へ話を進めていく。まぁ、どうせやるからには、こういうイケイケな人たちにある程度走ってもらいながら、こっちはこっちでじっくり練り上げるぐらいがちょうどいい、か。どうせ、100部は捌かなきゃいけないし、しばらくは同人誌扱いとはいえ、徐々に仕事として向き合うためには地道に拡げなきゃいけない。
「曲者揃いの、読む人を選びまくりそうな同人誌か」
「ここから派生して、憧れと信頼起点の情報発信、責任ある言論空間も作れそうじゃない?」
「ああ、例の河童みたいな」
「そう。狂人による狂人のための狂気の価値空間作り」
「ちょっと前に流行った、インフルエンサーのカウンターパンチャーっぽいですね」
「でしょう?」
まだまだようやっと体裁を整えて創刊号を擦り終えただけの雑誌に、彼らはどんどん夢を背負わせていく。既存の出版物、メディアとは相当毛色の異なる路線にはなりそうだけど、そこまで持っていく責任が、僕やこのヒイラギにはあるってことか。
人の世界とは価値観が異なる河童の国。とんでもない世界の入り口、きっかけを作ってしまった気もするけど、それで喜ぶ人がいるのならどんどん狂って見せるさ。