10月10日(火)

 亜衣のベッドで二人とも深い眠りに就いてしまった。やっとぐっすり寝てくれた映美を起こさないようにそっと抱き抱え、隣の彼女のベッドにゆっくり下ろす。寝冷えしないように布団をかけ、亜衣の方も布団をかけ直す。
 この間までタオルケットも蹴飛ばしていたのに、次の週末あたりから毛布も出すかどうかという気候らしい。日中の暖かさはまだしばらく続くらしく、秋らしい秋を感じられないまま、パッと冬らしい装いにするのも二の足を踏む日々が続きそうだ。
 煌々と点いているLED照明を、常夜灯に切り替えた。照明用のリモコンを、ドア横につけたスタンドへ戻す。しばらく子供部屋のドアに手をかけたまま、二人の様子をジッと確かめる。どうやら本当に寝入ったらしい。音を立てないように、ゆっくりドアを閉めた。
「お疲れ様」
 飾り付けがついたままのリビングへ戻ると、芽衣が椅子に腰掛けたまま振り返った。
「映美も随分、重くなったな」
「そう? そんなに変わらないと思うけど……」
 さっきそっと持ち上げた時は随分重く感じたけど、僕より抱きかかえる頻度の多い彼女がそういうのなら、彼女の方が正しいのだろう。
「まだまだ衰えるのは早いよなぁ」
 僕は自分の両腕をさすりながら、芽衣の向かいに座る。彼女は頷きながら、「仕事もプライベートも、まだまだコレからだからね」と付け加えた。
「心も身体も鍛えなきゃ、か」
 僕は椅子の前に置いたままの、娘たちからの手紙を開いた。まだまだ拙い字による一言メッセージと、自由奔放な線で描かれた似顔絵が添えてある。
「鍛えなきゃなら、要らない?」
 いつの間にかキッチンの方へ移っていた芽衣は、朋子さんから頂いた高そうなウイスキーを僕に見えるように掲げていた。
「要る要る。鍛えるのは飲んでから」
 芽衣は箱のままのウイスキーと、背の低い分厚いグラスを二つ持って戻ってきた。僕は彼女から箱を受け取り、中の瓶を取り出した。中身は、シングルモルトのとても高そうなウイスキー。
 とりあえず一口、ストレートで口に含んでみる。中々刺激的な味わいが口の中に広がり、喉に熱さが駆け抜けていく。口から吐く息も独特の香りを含んでいるような気がする。
 芽衣は、常温の水とつまみのナッツを持ってきた。彼女は自分のグラスにいくつか小さな氷を入れて、ウイスキーを注いだ。僕は再びウイスキーを少し注いで、同量の水を注ぐ。さっきより味わいもアルコールも柔らかくなって、甘いバニラのような香りが膨らんだ。
「うん。美味しい」
 芽衣はウイスキーを一口飲み、ナッツを口に放り込んだ。僕はキッチンに入り、冷蔵庫からよく冷えた炭酸水と、食器棚から空のコップを取り出した。食卓に戻って、常温の水を空のコップに移す。ハイボールを作る前に、コップに入り切らなかったペットボトルの水を飲み干した。
「朋子さんに、いい感想書けそう?」
 芽衣の呟きに、一瞬キャップを開ける手が止まった。彼女からもらった万年筆の箱が視界に入り、微かにざわついた心を静める。グラスにウイスキーを注ぎ、瓶に蓋をした。
「書くさ。コレの感想も、今日の話も」
 万年筆の箱を手元に引き寄せ、箱の上から矯めつ眇めつ、それを眺める。まだまだ課題は山盛り。本当に、鍛えて鍛えて鍛え抜かねば……。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。