9月28日(木)

 ハッピーアワーというには早過ぎる時間帯にも関わらず、地元醸造のビールスタンドは賑わっていた。表にこそ待合席を兼ねたベンチが置いてあるものの、一階の入ってすぐのスペースも、ちょっと急な階段を登った先の二階のスペースも基本的には立ち飲み席しかない。
 それでも、いくつか設置された無骨なテーブルは半分以上埋まっていた。カウンターにはりついて、店主や店員とズーッと喋っている人もいる。
「どれにする?」
 僕を先導して来た武藤さんが、カウンターのメニューを指した。個性的な名前とそれぞれの特徴が書いてあるものの、違いはよく分からない。悩んでいる僕に、お店の人がそれぞれ解説してくれるものの、クラフトビールに明るくない身には、イマイチピンとこない。
「じゃあ、二番で」
 どうやら一番スタンダードっぽいものを選ぶ。武藤さんはメニューを見て、「一番新しいのは、コレだっけ?」と店員さんに確かめる。
「じゃあ、二番とソレを大きい方にしちゃう?」
 武藤さんは心底楽しそうに、ニヤニヤと笑っている。
「一応、まだ仕事するんですよね?」
「だ〜いじょうぶだって。度数は高いけど、ビールの一杯や二杯」
 武藤さんはカウンターの店員さんに「ねぇ?」と同意を求めた。オーダーを待つ彼は、曖昧に笑って受け流す。結局、武藤さんは「どっちも大きい方で」と押し切ると、二人分の金額を現金で支払った。
 すぐに大きなグラスにビールが注がれ、カウンターの向こうから差し出される。
「それ、森田さんのだから」
 武藤さんはすぐ後ろのテーブルを指して、「そこで、いい?」と店員さんに確かめた。向こうは、もう一杯のビールを差し出しながら、「どうぞ」と応えた。
「じゃあ、オレがこっちにしようかな。森田さんはそっちでいい?」
 彼はカウンターの真後ろに陣取り、僕はその隣、壁を背にする位置に立った。
「カッコ良かった奥さんと、肚を決めた森田さんに」
 武藤さんは僕の準備や反論を待たず、一人で僕のグラスに乾杯し、早々にビールに口をつける。喉を鳴らしながら、最初の一口でグイグイ飲んでいく。
「いやぁ、美味いっ。お彼岸も過ぎたけど、最高だよね」
 彼にワンテンポ遅れる形で慌てて一口飲んでみる。ガツンと強めの苦味が確かに美味い。「いつも、ありがとうございます」と店主の奥さんらしい人が、うずらの燻製らしきものをテーブルに持って来てくれた。武藤さんは自然に爪楊枝を取り、一個を口に放り込んだ。彼の圧に負けて、僕も同様に後追いする。
「本当にやりたいよね、一万部。可能なら、もう一桁」
「まぁ、まずは千部をクリアしなきゃですけど」
「行ける、行ける。肚を括った編集長が、弱気でどうする」
 武藤さんは、少々強めに僕の背中を叩いた。まだビールを一口飲んだだけなのに、さっきからかなり酔っ払っているような気がする。僕は自分のビールを零さないようにバランスを保ち、少しでも中身を減らすべく口をつけた。
 普段より少々声の大きい武藤さんが気になるのか、店員さんが僕らの話に、興味深そうに耳を傾けている。
「自分たちの手作り文芸誌で、十万部目指そうとしてるんですよ」
「十万部ですか? ソレはスゴいですね」
 著名な文芸誌、雑誌もそんなに売れていない中、今月やっと五百部刷った同人誌が十万部は夢のまた夢。流石に吹聴しすぎだと止めにかかるが、「いいじゃないですか。目標はデッカく行きましょうよ」と店主がキラキラした目で肯定してしまう。
 コレはどうやら、とんでもないことになりそうだ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。