LINKS(仮) 第一話

 学生でごった返す食堂の片隅に、なんとか人数分の席を確保した。竹内、押川と肩を寄せ合いながら、小さな卓を目一杯使って定食のトレイを並べると、彼らは早速両手を合わせて食事を摂り始めた。僕は、彼らの食欲に少し気圧されながら、両手を合わせてから味噌汁に口をつけた。

 そこから先は、さっき見聞きしてきたことを頭の中で整理しながら、何に手をつけようか、決めかねていた。僕が躊躇していると、横から箸を伸ばしてきた竹内が、「食わないんなら、いただき」と一番上の唐揚げを一つ持っていく。

「お前の言ってた白いジャケットなんて、どこにもなかったな」

 竹内は、唐揚げを頬張りながら言った。押川は僕に、自分の皿にあったほうれん草のソテーを押し付け、卵焼きを一つ持っていく。

「お前がどうしてもっていうから、全部の研究室回ったのに。結局は空振りだもんな。おかげで、昼飯も出遅れるし」

 押川は、いつも早々に売り切れる一番人気の生姜焼き定食が食べたかったらしい。竹内も本当は、僕が頼んで売り切れた唐揚げ定食が良かったらしい。僕が彼らを振り回したおかげで、遅めのランチになってしまった。

 彼らに申し訳ないと思いつつ、おかずを取っていくのはやりすぎじゃないかと、一番上の唐揚げに箸を伸ばす。

「白いプレイヤーなんて、本当にいるのか?」

「オレもファンだけど、一回も見たことないぜ」

 竹内と押川の意見も最もだ。僕も、「イリオン」の試合中継で白いプレイヤーを見たことはない。現在の近畿地区ランカーにも、白いプレイヤーの姿はない。だが、大阪湾近くの直営アリーナが崩落した日、事故現場で白い忍者のようなプレイヤーを僕は見た。

「ヤマブキを見間違えたんじゃないか?」

 竹内はそう言って、茶碗に残ったご飯を掻き込んだ。

 黄色いジャケットのプレイヤー、「ヤマブキ」は今も健在だ。ここの研究室で、代々受け継がれているというのも、さっき聞いてきた。

「それか、お前の記憶違いか」

 押川もいつの間にか全部食べ終え、残っていた味噌汁を飲み切った。二人は僕の方を見るが、僕はまだまだ食事が残っている。彼らはお互いの顔を見合わせ、トレイを持った。

「先に行くぜ」

 二人は一斉に立ち上がり、返却口へ向かう。僕は彼らの背中に向けて、「僕の席も頼む」と声をかけた。竹内が了解と言わんばかりに、片手を上げる。彼らは二人で楽しそうに喋りながら、食堂を出て行った。

 僕は時計に目をやり、まだ昼休みが残っていることを確かめた。食堂的には、もう一回しすれば終わりだろうか。席を長時間占有していても、文句も注意も特にない、緩い時間帯。僕も慌てず、ゆっくり昼食を続ける。

 周囲をぼーっと見ていると、トレイを手に席を探している男子学生が目についた。いつも独りで行動している同学年。名前は確か、高岩だっけ。無愛想で友達がいなさそうな彼に、僕は手を振ってみた。

「お〜い、高岩くん。良かったら、ココ使って」

 僕は自分のテーブルを指しながら、彼に手を振った。彼は僕の呼びかけに気がついたらしく、ゆっくりとした足取りでこちらにやってきた。周りに人が沢山いるにも関わらず、彼は誰にもぶつかることなく、一定の速度で僕の前に立った。

「良いのか」

 彼は僕に一言言い、僕が頷くと「失礼する」と、僕の向かいに腰を下ろした。彼は煮魚定食を前に、静かに両手を合わせ、黙々と食べ始める。

 僕がそれをジロジロ見ていると、彼は食事の手を休めずに、視線を上げた。

「どうした?」

「ああ、いや、別に」

 僕は彼から視線を逸らし、茶碗を持ち直した。横目で彼の挙動を見ながら、付け合わせの野菜とご飯を口に放り込む。高岩は無駄な動き一つなく、機械的な一定のペースで煮魚を解体していく。今まで会話もほとんどしたことはなかったが、綺麗な食べ方に小さな感動を覚えている。

 彼は決して早食いはせず、しっかり噛んで咀嚼する。丁寧な所作で食事をしているのに、僕より早く食べ終えた。一緒に持ってきた熱いお茶をゆっくりと飲む。

「食欲ないのか?」

 彼は僕の手元を見て、ボソッと呟いた。僕は、「いや、そんなことないけど」とゆっくりとした動作でご飯を頬張る。口の中を空っぽにしてから、「高岩くんは、どこに所属するか、決めた?」と訊いた。

 彼は感情を込めず、「いや」と首を横に振った。わざわざこの学校へ入学したのに、研究室巡りもまだのようだ。そういえば授業も、感情を表に出して受けている様子はない。自分が好きなものに直結、あるいは隣接する科目ばかりなのに、ワクワクしないのだろうか。

 これからグループワークも増えてくるというのに、マイペースを崩さず、感情も掴めない調子で、上手くやっていけるのだろうか。自分のことを棚に上げて他人の心配なんて、出しゃばりにも程があるとは思うが、せっかくの縁だし、大事にしたい。

 高岩は食休みも十分取れたらしく、一息ついて席を立った。トレイを手に立ち去ろうとする彼に、後ろから声が掛けられた。二学年上の上位ランカーで、緑のジャケットを纏う「ヴェルデ」の岡元康博さんだ。背も高いが、しっかり筋肉もついていて要所要所がデカい。

 彼は随分と親しみ深い様子で、高岩に「よう、博文」と下の名前を呼んだ。高岩は若干迷惑そうな顔を浮かべるが、岡元さんはそれを気にすることなく、高岩と肩を組んだ。

「どこにするか、もう決めたのか?」

 高岩は何も答えず、自分のトレイを返却口に運ぶ。僕も、その後を追う形になった。岡元さんは、そんな僕もチラリと見る。

「君は、博文の友達? 君も、どうするか決めた?」

 岡元さんは気さくに話しかけてくれるが、僕に取っては偉大な上位ランカー。雲の上のような存在だ。恐れ多くて、返事に困る。ただ、高岩のような無言も貫けない。

「実はまだ、迷ってまして」

「へぇ。どことどこで?」

「白いプレイヤーのいるところがいいなぁ、と探してたんですけど」

 岡元さんは僕の目をまっすぐ見つめながら、「ほぅ。白いプレイヤーね」と微かに笑みを浮かべた。

「おい」

 岡元さんから漂う正体不明のプレッシャーに息を忘れていると、背後から高岩の声が聞こえた。彼の呼びかけに一拍遅れ、昼休み終了のチャイムが鳴った。高岩は岡元さんを振り払うと、蛇に睨まれた蛙みたいに固まっていた僕の手を取り、食堂の出口へ向かって歩き始めた。

 岡元さんは僕の肩に手を置いた。

「君の話、詳しく聞きたいな」

 岡元さんの手を、高岩は無造作に振り払う。「え、ちょっと」と僕がもたついていると、彼は僕と岡元さんの間に身体を入れ、「授業に遅れるぞ」と僕を後ろから押した。

「ヤスもさっさと行け。オレに構うな」

 高岩は、上級生の岡元さんを手で払い除け、あっちへ行けと示した。岡元さんはそれに笑みを浮かべ、後から食堂にやってきた同級生らしき人たちの元へ向かった。

 高岩は、岡元さんを随分ぞんざいに扱っている。大学とは言え、学校の目立つ場所で上位ランカーにそんなことをして平気なのだろうか。勝手に心配していると、彼は岡元さんが遠かったのを確かめ、僕より前に出て足を早めた。

「遅刻するぞ」

 彼は僕の数歩先で振り返り、僕に向かって言った。校舎へ向かって歩き始めた彼の背中を、僕は早歩きで追いかけた。高岩は歩く速度を落とし、僕の横に並んだ。

「白いプレイヤーの話は、二度とするな。口外も禁止だ」

 彼は小声で僕に耳打ちした。折り返しの僕の「なんで?」には答えず、出席を取り始めた教室へ静かに入り込んだ。僕は先に席を取ってもらっていた竹内、押川の側へ行く。周りに「すみません」と頭を下げ、取り置かれた席に腰を下ろす。ゆっくり教室の後ろを振り返ると、高岩がどこにいるのかは分からなかった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。