LINKS(仮) 第二話

 午後の講義を二コマ受けた後、黄色いジャケット「ヤマブキ」を運用している研究室を訪れた。今の装着担当、蜂須賀秀昭さんのサインをしっかりもらい、バイトがあるからと中座した竹内、押川を見送った後は、ヤマブキのどこがいいか、蜂須賀さんと二人で時間を忘れて語り合った。

 あまりにも長時間過ごしてしまったからか、隣部屋の運営チームから、新入生は良い加減に帰れとお達しを受けてしまった。蜂須賀さんはにこやかな表情を浮かべ、「オレのせいで、悪いね」と、気さくに言ってくれた。

「オレももう、上がろうかな。すぐに準備するから、外で待ってて」

 蜂須賀さんは、僕を研究室の外へ出すと、専用のアンダーウェアに上着を羽織った姿で、すぐに部屋から出てきた。上級生ともなると荷物が少ないらしく、カバンは僕のものより一回りも二回りも小さかった。

「さ、行こうか」

 蜂須賀さんは運営チームに改めて声を掛けた。彼が歩き始めたのを、僕は少し早歩きで追いかける。

「冨永くんは、自転車なんだっけ」

 僕が隣まで来るのを待って、蜂須賀さんは口を開いた。僕は「そうです」と答えた。

「オレは駅までバスなんだけど、ロータリーまで一緒に行くよ」

「良いんですか?」

 僕は鯱鉾ばって、蜂須賀さんに頭を下げた。彼は笑いながら、「そんなに畏まらなくていいよ」と言った。

「いや、でも、ヤマブキは僕の憧れなんで」

「それはありがたい。歴代の装着者に、改めて感謝だな」

 蜂須賀さんは、「自分は大したことないから」と謙遜を付け足した。彼の言う通り、歴代の装着者やチームが築いたヤマブキの成績、イメージも尊敬するが、僕はそれ以上に、現役プレイヤーである蜂須賀さんのヤマブキと、そのクリーンなプレイに多大な敬意を抱いている。

「なんでヤマブキというか、オレのファンなの? クールなスナイパーのアズールとか、熱い剣捌きのロッソとか、そっちの方が人気っぽいけど」

 蜂須賀さんは手を出して指を折りながら、上位ランカーを一人一人数え上げていく。確かに、他に派手なプレイをするチームや、ラフなプレイで注目を集めるチームもあるが、それとは無縁の堅実さで、コツコツと成績を収めているヤマブキの健気なところ、抜け目のない賢さみたいなところが、個人的には物凄くグッとくる。

「映えるプレーに走らないで、細かな技術をきちんと磨いて自己流を貫いてるのが、僕としては凄くイイと言うか」

「運営には、もっと注目浴びてスポンサーに媚びろって言われてるんだけどね」

 蜂須賀さんは苦笑いしながら、僕の熱弁に耳を傾けている。

 スポンサーに媚びるのも、派手なプレーでポイントを稼ぐのも、側から見ているとそれほど難しいことには思えない。そんな小手先のことに捉われず、EVAジャケットとして本流の、見栄えのしない地味なことを磨き上げる難しさこそ、僕はもっと見てもらいたい。

 白いプレイヤー、運営チームが見つからないのなら、やっぱりヤマブキに所属しようか。蜂須賀さんとすっかり陽の落ちたキャンパスを並んで歩いていると、そんな思いが胸の中でどんどん大きくなっていく。

 素朴で気さくに笑うこの人を中心とするチームで、僕は力になりたい。他のチームも気になっていた竹内、押川には悪いが、僕はもう心を決めたぞ。

 僕がよそ見をしながらこっそり右手を握りしめていると、蜂須賀さんは急に立ち止まり、僕の一歩前に出た。彼は、道の向かいに広がる草むらを警戒している。

「どうしたんですか?」

 僕が声を発すると、蜂須賀さんは人差し指を口の前に立て、静かにしろと合図した。彼は鋭い目つきで草むらを睨んでいる。僕はまだ事態を飲み込めていないが、耳を澄ませると微かに草同士が擦れるような音が聞こえた。

「迷い込んだ猫か何かじゃ、」

 そこまで口にしたところで、僕は後ろから来た何者かに口を塞がれた。そのまま力尽くで後ろに引っ張られる。背中に背負ったリュックを間に挟み、冷たくて硬い何かが身体に触れている。

「……ヴァンを呼べ。今すぐこの場に、ラヴァンを呼べ」

 僕を拘束した誰かが、強烈に加工をかけた合成音を、僕の耳元で囁いた。僕より背は高い気がするが、加工の強い声と背丈だけでは、性別までは分からない。僕は拘束から逃れようとするが、どれだけ力を加えてもびくともしない。

「サナエちゃん、申し訳ないが残業だ」

 蜂須賀さんはこちらを見ながら、ヘッドセットをつけて誰かと通信をしている。彼はカバンと上着を投げ捨て、右手に持っていた大きなバックルを下腹部に当てた。そこから左右に蛇腹が展開し、一本のベルトと化して腰に巻きついた。

「詳しい説明は後だ。転送頼む」

 蜂須賀さんはそう言いながら、ケータイを操作して顔の横にかざす。遠くて見えにくいが、画面はややオレンジ寄りの黄色で埋め尽くされ、ヤマブキのマークが真ん中に浮かんでいる。

「ヘンシンっ」

 蜂須賀さんはそう言いながら、ケータイをバックルの隙間から挿入した。ケータイがバックルに収まると、アンダーウェアは強い光を放って、彼の全身を包み込む。光が弱まると、その向こうから黄色を基調とするEVAジャケット、ヤマブキが現れた。

 生で見れた興奮と感動に打ち震えていると、ヤマブキは一気に距離を詰め、僕を拘束していた人物を引き剥がした。僕が後ろを振り返ると、ヤマブキは黒いEVAジャケットを押さえ込んでいた。黒いプレイヤーも、そのジャケットも、全く見覚えがない。

 黒いジャケットを装着した何者かは、ヤマブキの拘束も意に介さず、一瞬で振り解く。彼は、ジリジリと距離を詰めてくる。振り解かれたヤマブキは体制を整えると、即座に羽交締めをかけた。全身黒尽くめのそいつは、ヤマブキに抑え込まれているにも関わらず、歩く速度を全く変えずに僕へ近づいてくる。

「逃げろ」

 蜂須賀さんは、僕に向かって叫んだ。僕が逃げるのを躊躇っていると、黒い奴はヤマブキの拘束を再び振り払い、そのまま彼を殴り飛ばした。軽い攻撃に見えたが、ヤマブキの動きはしばらく鈍る。そいつはヤマブキが怯んだのを確かめると、ゆったりとした足取りで僕に近づいてきた。僕は、蜂須賀さんの荷物も拾い上げ、バスロータリーの方へ向かって走る。横を通り抜けて元の校舎へ応援を呼びに行くより、下へ降りて教職員室へ駆け込む方が近い。

 ヤマブキはゆっくり立ち上がり、競技用の棒を抜いた。通電させれば、スーツに応じた色で発光する、光の刀身が現れる。彼は手元のスイッチを操作して、黄色い光を放つ剣に変化させた。

 黒い奴は徐々に歩く速度を上げ、着々と僕との距離を詰め始めた。僕は両足を必死に動かして、長い坂道を下っていく。ようやく、バスを待つ学生がチラホラ見えてきた。すでに到着していて、休憩に入っているバスも見える。

 ヤマブキは走って勢いを付け、黒い奴に剣を叩きつけた。相手はそれを片手で受け止めながら、勢いに押されてヤマブキと共に、脇の茂みに転がり落ちていく。僕は足を止め、上から二人の様子を眺めていると、黒い奴はヤマブキを狙って何発かパンチを繰り返した。ヤマブキは剣も使ってそれを防いでいたが、二、三発受け止めたところで、光る刀身も、支柱の棒の部分も叩き折られていた。

 これ以上は、蜂須賀さんが危ない。僕は二人の戦いから目を離し、ロータリー横の別の校舎に駆け込んだ。周囲の騒ぎに人が出てきていた教職員室へ駆け込み、手前にいた事務員に状況を説明する。

 彼女は僕の説明を半信半疑といった様子で聞いていたが、後ろで窓ガラスの割れる音を耳にするなり、慌てて中へ入っていった。校内放送で、他チームの呼び出しがかかった。これで、ヤマブキに応援が来る。

 僕は一安心して、二人の様子が分かるところへ移動した。二人が激しい戦いを繰り広げていた中庭は、すでに静まり返っている。周りを取り囲むギャラリーの様子も、随分と大人しい。一体何があったのか、僕も妙に不安を煽られながら現場に近付いてみる。すでに、謎の黒いEVAジャケットを着た人物の姿はなく、ズタボロにされたヤマブキが植え込みの中で横たわっていた。

 ヤマブキのスーツは損傷が激しく、僕が憧れていたそのマスクも、片目の周囲が破損し、中の蜂須賀さんの顔が見えていた。蜂須賀さんは額から血を流しながら、目を閉じていた。微かに息はあるものの、僕の呼びかけには全く反応しない。

 すぐに、事務員の呼んだ救急隊員が駆けつけた。彼らは僕に「動かさないで」と言いながら、蜂須賀さんの身体を預かった。ヤマブキの運営チーム、藤田さんもこちらに駆けつけ、救急隊員と共に救急車へ乗り込んだ。

 僕は赤い光を灯して走り去る白い救急車を見つめながら、不安な表情を浮かべることしかできなかった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。