LINKS(仮) 第四話

 結局その後も高岩と遭遇することなく、僕の自転車は命輝大学附属病院へ到着した。最寄りの駅もせいぜい徒歩五分、バス停も大通り沿いに立っている。

 僕は海の方に見える背の高い塔を視界の端に入れながら、駐輪場に自転車を停めると、総合受付に向かった。高岩と連絡を取って、一緒に病室へ向かうべきだとは思うものの、彼の連絡先を知らず、やり取りのしようがなかった。

 何らかの交通機関を駆使して追い抜かれている可能性もあるが、経路と本数を踏まえると、自転車で来た僕の方が早いだろう。僕は彼がいつ姿を現すかドキドキしながら、立派なロビーでベンチに腰を下ろした。ここで待っていれば、流石に出会うはず。

 僕が外の方へ身体を向けて長椅子に座っていると、病室へ通じる廊下の方から、白衣を着た見覚えのある女性が受付の方へ歩いていくのが見えた。僕がそれをジッと見つめていると、相手も途中で視線に気がついたらしく、こちらに振り向いた。彼女は白衣のポケットに両手を突っ込み、僕の側までやって来た。彼女は僕の顔をジッと見て、「ああ、確か君は」と口を開いた。

「昨日現場にいた、確か、と、と」

「富永です。トミナガ」

 僕が名乗ると、彼女は「ああ、そうそう」と笑顔を見せた。

「蜂須賀のお見舞いだよね?」

 彼女は軽い調子で、蜂須賀さんの病室を指差した。僕は先に行こうとする彼女の背中に、「あ、でも」と言った。彼女は二、三歩進んだところで立ち止まり、こちらに振り返って、不思議そうな表情を浮かべた。

「お友達も、もう来てるよ。全然喋らない、愛想の悪い同級生が」

 彼女の言葉に思い当たるのは、ただ一人。僕はそんなはずはないと思いながら、先に歩き出した彼女の背中を追いかけた。昨日の研究室では言動が力強く、もっと大きな人という印象があったが、こうやって並んでみると意外と小さい。ただ、女性としては縦にも横にもそれほど小柄という印象でもない。運動も、僕より全然できる気がする。

 彼女は病院の廊下を堂々と歩き、蜂須賀さんの病室に案内してくれた。彼女がドアを開け、僕は控えめな声で「失礼しま〜す」と顔を覗かせると、蜂須賀さんは思ったより元気そうな顔で「お、富永くん」と僕に挨拶してくれた。

 先に来ていたという高岩は、病室に備え付けられたモニターに、ヤマブキのマスクから回収された昨夜の記録を映し出し、食い入るようにそれを眺めていた。僕は蜂須賀さんに手招きされ、近くにあったスツールを引き寄せる。僕の顔を見ていた蜂須賀さんは、「そんなに心配するなって」と僕を近くに座らせた。

「ちょっと頭を強く打っただけさ。打撲とか痛みもあるけど、運営指定の痛み止めで、来月の大会も問題なく出られる」

 蜂須賀さんは、「へへ、どうだ」と力強くポーズを決めてみせたが、さっきの女性は「無理して強がるなって」と彼の脇腹を小突いた。蜂須賀さんは大きな声で悲鳴を上げ、突かれた場所を手で押さえた。

「ここの先生にも大丈夫だろうって診察も受けてるし、ルールに抵触しない回復サポートも受けられるから、ヤマブキファンに無用な心配はかけずに済むかな」

 そういえば、命輝大学は、イリオンの運営委員会に名を連ねていた。直接、ジャケットの運営チームを保有することはしていないが、傘下の企業や施設は本業以上に力を入れ、運営をバックアップしている。この病院も、イリオン公式の提携病院だ。

「問題は、ジャケットの復旧の方かな。マスクの新造も間に合うかどうか、ぎりぎりってところか」

「装備も何もかも、めちゃくちゃに壊されやがって」

「そんなに怒るなよ、早苗ちゃん。競技外だけど、新入生守るためにやったんだからさ」

 早苗ちゃんと呼ばれた女性は、それでもまだ怒っていた。モニターに映る黒い破壊者にも、隣でベッドに収まっている蜂須賀さんにも、同じ調子で睨んでいた。こうなった原因の一つとして、なんだか居た堪れない気持ちにもなる。

「ただ、正当防衛は考慮されたから」

 下を向いていた僕に、蜂須賀さんは声をかけてくれた。競技外で、運営が許可しない戦闘行為、ジャケットの無断着用は原則禁止。来月の大会は参加資格を剥奪されてもおかしくなかったのに、事情が事情なだけに、なんとかそこは免れたらしい。

「君が無事で、オレも大会に出られそうで、資格剥奪も回避で。オレとしては、何に問題もないかな」

「私は問題だらけだけどね。退院したら、残業、手伝ってもらうから」

 蜂須賀さんは、早苗さんの剣幕に「うわぁ」と顔を歪めた。彼は僕の方を見て、「富永くんも手伝ってくれよ」と言った。

「もちろんです」

 僕が即答すると、蜂須賀さんは「ありがとう。本当に、助かる」と笑顔を見せた。

「それで、彼なんだけど。どういう奴なの?」

 蜂須賀さんは、同じ映像を延々と繰り返し見ている高岩を見て、僕に小声で言った。

「病室に来るなり、もうすぐトミナガが来るっていう伝言と、記録があるなら見せろってそれだけ言って、ズーッとあの調子なんだけど」

「え、ずっと?」

 蜂須賀さんも早苗さんも、二人揃って首を縦に振った。部屋の端で、見舞いに来た人物とさして会話をするでもなく、昨日の記録をずっと見ているとは。そもそも、どうやって僕より先に到着したのだろう?

 僕が彼をジッと見ていると、彼はリモコンを操作して映像を止め、こちらを向いた。

「話は済んだか?」

 彼はその手に握りしめていたリモコンと、映像が記録されたメディアを、近くにいた早苗さんに差し出した。彼は僕を見て、「もう良いなら、帰るぞ」と言った。

「ちょっとぐらい、先輩と話して行こうよ」

「そうだよ。せっかく、お見舞いに来てくれたんだし」

 蜂須賀さんは僕にもう一つスツールを持ってくるように言い、僕は高岩のスツールを持って来た。彼は特に何も言わず、素直に椅子へ腰を下ろした。

「そんなに、戦闘記録に興味があるんだ」

 蜂須賀さんの言葉に、高岩は「いや、別に」と答えた。

「じゃあ、相手に興味が?」

 高岩はその問いかけにも、「いや」と返した。蜂須賀さんは、イマイチ調子が掴めないらしく、首を傾げた。彼は気持ちというか、話題を切り替えるためか、「そうそう」とわざとらしく声に出して、サイドテーブルに置いてあったバックルに手を伸ばした。

「もしもの話だけど、万が一オレの回復が間に合わなかったら、どっちかがヤマブキを継いでみない?」

 彼は僕らにそれを差し出した。僕の視線は、そこに吸い寄せられる。

「え、でも、僕らまだ一年生だし」

「そんなの関係ないって。それに、条件とか試験があるわけじゃないし。どう? やってみない?」

 蜂須賀さんは、にこやかな表情で僕らにバックルを持たせようとする。僕はそれを断りきれなかったが、高岩はそこでスッと椅子を引いて立ち上がった。僕は少し暖かくなったバックルを手の上に乗せながら、高岩を上げた。

「オレは、これで失礼します」

「え、興味とかないの?」

 蜂須賀さんの声かけにも高岩はブレることなく、ドアの前まで行くと、そこで立ち止まって深く頭を下げた。しばらく頭を下げたのち、彼はすぐに部屋を出ていった。

 僕は握りしめたままのバックルを、とりあえず蜂須賀さんに返した。

「君も、興味ない?」

「いや、なくはないんですけど……」

 蜂須賀さんの申し出というか、提案は非常に魅力的だ。どこへ所属するかも迷っている段階で、直々にプレイヤーとして選ばれるなんて滅多にない。それも、自分も好きなヤマブキと来ている。本当に選ばれるのなら、断る理由なんて一つもない。

 ただ、その想いと同じぐらい、今はなぜか高岩のことが気にかかった。僕より先に病室へお見舞いに来ておいて、無礼極まりない態度で外へ出た同級生に。

 僕が高岩の出て行ったドアを見ていると、蜂須賀さんは「なんか、悪いね」と言った。

「オレが、無神経だったかな。また今度、謝っといて」

「いやいや、蜂須賀さんは全然悪くないですよ。アイツがおかしいんですって」

 僕は必死に否定して、蜂須賀さんの尊厳を守ることに注力した。ただ、そろそろ面会終了の時間。僕は早苗さんに促され、病室から出ることになった。

「引き継ぎの件、一応考えておいてよ」

 蜂須賀さんは、退室する僕にそう言った。僕は「もちろん。真剣に考えます」と答え、ロビーに戻った。受付前は到着した時より人が減り、会計を待つ人が大半のようだった。その中に、先に帰ったはずの高岩が混ざっていた。彼は長椅子に腰掛けていたが、僕が近付くと「用事は済んだか?」と立ち上がった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。