LINKS(仮) 第九話

 翌日の日曜日は流石に稼働はなかったが、週が明けた月曜日からは講義を終えるとすぐさま研究室へ向かわねばならないぐらい、忙しかった。実際にジャケットを着用して動作チェックに駆り出される高岩はまだしも、高岩が指摘する修正項目を細かく記録し、彼の指示や先輩らの要望に応じて動き回っていると、サポートに回っているだけの僕も、目が回りそうだった。

 徐々に気温も上がり始めたのに、高岩は涼しい顔でジャケットの着脱をこなし、日曜日にしっかり映像をチェックして動きを頭と身体に叩き込んだらしく、「蜂須賀先輩のヤマブキ」を見事に再現していた。

 前後左右の素早い動きでも、僕なら腰が引けそうな落差の跳躍も、緩急をつけた激しい連続運動も特別に疲れた様子を見せることなくクリアして、指先や手先の動作を確認するような繊細なチェックも、初着用とは思えない的確さでやり遂げた。

 蜂須賀さんの見舞いで早苗さんが不在になる時でも、着用者として先輩方にも臆さず意見を述べ、新人ながらチームの核として振る舞っていた。同時期に運営チームへ出入りするようになったのに、あっという間に大きな差が着いてしまった。

 破損していた標準装備の光の剣も、早苗さんが本部から予備を調達してきた。高岩は、武器を構えた場合の不具合、蜂須賀さんっぽく振るった場合の調整箇所も見つけ出し、先輩たちと何度もやりとりして、最後の調整をやり遂げた。

 ここから先は、専門分野をもっと学ばないと力になれない。大会を目前に控え、切羽詰まっている先輩たちを邪魔する訳にも行かず、僕は研究室を出て、すぐ近くにある外が見える場所へ移動した。窓の外に広がる夕陽に照らされたキャンパスや街を眺めていると、追加の調整に備えて待機している高岩が、缶コーヒーを二つ持ってやって来た。彼はそれを一つ差し出した。

「高岩が差し入れ? 珍しいな」

「いや、先輩に持たされた」

 僕はバカ正直な実直さに笑いながら、差し出されたそれを受け取った。時期的に冷たい方だろうと思っていると、完全に読みが外れた。高岩は僕の横で栓を開けると、旨そうに飲んだ。僕も熱さに気をつけながらそれを飲むと、思いのほか、甘みが強かった。

「高岩ってさ、どういう奴なの?」

 窓から差し込む夕陽を浴びながら、缶コーヒーを飲んでいる横顔に向かって問いかけると、彼はこちらを向いて首を傾げた。

「絶対、初心者じゃないでしょ。どこかで、訓練とかしてた?」

 高校生でもジャケットを装着可能な学校もなくはない。ただ、出来たとしても初歩的な動作確認ぐらいまでで、高岩が見せたような試合さながらの運動は、負荷が強すぎて認められていないはずだ。装着者を支援する運営チーム、サポートチームまでは用意できないし、万が一に対処する専門家もまだまだ数は少ない。

 黙って訓練していたとしても、高岩のレベルへ到達するには気が遠くなるような時間と、相当ハードなトレーニングも必要になるはず。彼の身体能力が著しく高いとしても、蜂須賀さんと見紛うような再現性、表現力の高さは説明が付かない。

 高岩は僕の質問には答えず、窓の外へ視線をやった。

「お前も装着してみるか?」

 高岩は答えに窮したからか、質問に質問で返して来た。

「必要なテストは一通り済んだ。次の週末、明日には正規プレイヤーも帰ってくる。今ならまだ、『遊び』で許されるかもしれない」

 高岩は、自分が使っていた予備のバックルを僕に見せつける。高岩が言うように、試すなら今が最適だろう。連休中の大会に合わせて戻ってくる正規プレイヤーと、優秀な代理が揃っていれば、僕にお鉢が回ってくることは当分ない。勝つことを優先するなら、なおさらだ。

 僕はバックルに視線を奪われながら、「いや、いい」と言った。

「ちゃんと、蜂須賀さんから引き継ぐまではやめとく」

 本当は、今すぐにでも試したい。喉から手が出るほど、やってみたい。僕は必死に取り繕って、強がってみせた。高岩にも、それは見透かされているような気がするけど、彼は深追いせず、「そうか」と一言だけ言って、バックルを引っ込めた。

 コーヒーを飲み切る頃、研究室から早苗さんが僕らの元へやって来た。最終チェックも最終調整もオールクリアで、高岩の任務は一旦終了と言うことらしい。彼は預かっていた予備のバックルを、彼女に差し出した。

「一応、まだ持っておいてくれる? 蜂須賀の動き次第では、試合も君で行く可能性があるから」

「そのことなんですが、コイツも候補に入れてもらえませんか?」

 高岩は僕の背中を軽く押した。早苗さんは僕をチラリと見て、「富永くんも?」と言った。彼女は胸の前で両腕を組み、押し黙った。彼女は僕をジッと眺め、「ま、いいわ」と言った。

「明日、蜂須賀と相談しましょう。でも、チームの総意としては富永くんより、君の方が優先ってことは忘れないで」

 早苗さんにそう言われた高岩は、少々不服そうに「はい」と答えた。早苗さんは「じゃあ、明日もよろしく」と言って、部屋へ戻って行った。

 僕らは空き缶をゴミ箱に捨て、研究室に置いたままの荷物を持って帰路に着いた。

 翌日も朝から忙しかった。まずは、研究室で蜂須賀さんの復帰を出迎え、みんなで調整したヤマブキのジャケットを着用してもらった。

 蜂須賀さんのリハビリは順調だったようで、ほぼ高岩の意見によってチューニングされたジャケットにも、問題はないようだった。一度ジャケットを脱いだ蜂須賀さんは、高岩を伴って多目的ホールへ移動した。午後から大会前の顔合わせ、参加者同士の壮行会を兼ねた懇親会が開かれると言うのに、蜂須賀さんの復帰に合わせ、ギリギリまで場所を押さえておいてくれたようだ。

 多目的ホールの中央へ高岩と共に立った蜂須賀さんは、離れた場所で見守っている早苗さんに、大きな手を振って合図した。二人はそこで何かを喋っているが、早苗さんの側で待機している僕には、何も聞こえない。

 二人は少し離れて向かい合うと、同時にジャケットを装着した。蜂須賀さんは試合用の本番ジャケット、高岩は調整にも使っていた予備用の、やや素材が薄いタイプのジャケットを装着している。

 ヤマブキの蜂須賀さんは高岩に対して構えるが、高岩は半身になるぐらいで、それ以上は構えない。

「困ったな。少しぐらい付き合ってもらわないと、練習にもならない」

 蜂須賀さんの声が、近くに置かれたスピーカーから聞こえてきた。

「別に、いつでも構わない」

 高岩は相変わらずぶっきらぼうに言い、それを受けた蜂須賀さんは「そうか。じゃあ、遠慮なく」と高岩に殴りかかった。高岩は僅かな動きでそれを躱し、蜂須賀さんの流れるような連続攻撃も、小さな動きで躱すか、軽く手を添えていなす形で切り抜けた。高岩は難なくヤマブキの背後を取り、隙だらけのその背中を、人差し指で軽く突いた。

 蜂須賀さんはゆっくり振り返ると、改めて高岩に向き直った。

「なるほど。やるじゃないか」

 蜂須賀さんは、ヤマブキのウェポンラックから例の棒を引き抜き、手元のスイッチを入れた。それを見た早苗さんは、インカムに「ちょっと、やりすぎ」と叫んだ。

「悪いな、早苗ちゃん。でも、オレにもプライドってもんがあるからさ」

 蜂須賀さんは煌々と光る剣を振りかぶって、高岩に突っ込んだ。高岩は蜂須賀さんの太刀筋を見切っているのか、危なげなく後退しながら攻撃を避け、大振りになった隙をついて後ろへ回ろうとする。それを予測していたのか、蜂須賀さんは高岩に足払いをかけ、それを躱した高岩の首根っこを掴んで、強引に床へ叩きつけた。不意打ちめいた投げ技には対応しきれなかったのか、高岩は素直に抑え込まれ、真っ直ぐ打ち下ろされるヤマブキの光刃を迎え入れる。

 早苗さんが割って入ろうとするが、蜂須賀さんは高岩のマスクへ当たる寸前で動きを止め、高岩は高岩で、その刀身を両側から挟んで止めていた。一瞬の攻防に、思わず拍手を送ってしまった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。