LINKS(仮) 第十話

 蜂須賀さんと高岩は、お互いに手足をぶつけないよう、身体をゆっくり動かした。光刃を引っ込めた蜂須賀さんは、まだ床に寝そべっている高岩に手を差し伸べる。高岩はその手を掴み、慎重に立ち上がった。

 蜂須賀さんは、誰もいないところに向かって、刃の無い剣を何度か振り回した。振る方向と足の運びを変え、一頻り素振りを繰り返すと満足したらしく、構えを解きながら、棒をウェポンラックへ戻した。

「中々やるじゃないか。調整も、申し分ない」

 蜂須賀さんは高岩の方へ身体を向け、彼を誉めた。高岩はそっけない態度で、「いや、大したことはない」と言った。蜂須賀さんは、そんな高岩の顔へ右ストレートを打ち込んだ。予備動作なしの素早い動きでも、高岩は微動だにせず片手で受け止めた。

「病み上がりとは言え、オレの動きをそこまで封殺しておいて、その言い方は無いだろう。謙遜も程々にしないと、嫌われるぜ?」

 蜂須賀さんのアドバイスにも、高岩は何も答えない。高岩は右手で掴んだ蜂須賀さんの拳を解放すると、そのまま背中を向けてジャケットの装着を解除する。

「おい、まだ調整が」

 蜂須賀さんが後ろから声を掛けるのにも取り合わず、高岩は僕の方へ近付いて来た。彼は僕に、自分が使っていたバックルを押し付けた。

「調整なら、コイツとやってもらえませんか? オレはちょっと、休憩して来ます」

 高岩は僕を前に押し出すと、周りが引き止めるのも振り切って、多目的ホールから出て行った。すぐそこで水分補給なり、風に当たって涼んだりしているのだろうけど、彼を呼びに行く人はいない。

「富永くんは、初心者だよな」

 蜂須賀さんは、さっきよりワントーン低い声で言った。落胆しているのか、彼は僕の方を向いたまま両腕を胸の前で組んで、考え込む。

「ま、後輩の指導、基本の確認もいいリハビリか」

 蜂須賀さんは両腕を解くと、僕の前まで来て、バックルを腰に当てさせた。バックルを中心にベルトが形成され、下腹部に微かな重みを感じる。横から早苗さんがやって来て、僕が手にしていた余計な荷物を回収した。

「今からジャケットのデータを送信するけど、動かないでね。ユーコピー?」

 早苗さんがベルトの装着具合を掴んで確かめながら、僕の目を見る。

「内容が理解、確認できたら、返事、返事。流されるままに無言じゃ、装着できないぞ」

 蜂須賀さんが、早苗さんの後ろから力強く言った。僕は半ば気圧されながら、「あ、アイコピー」と口にした。

「君のはこれから勝手にジャケットが送られてくるけど、本来は音声認証が必要なのは知ってるよな?」

 蜂須賀さんの問いに、僕は頷いた。

「今から着るジャケットが、どういうものかも良く分かってるよな?」

 僕はもう一度頷いた。

「だったら、ちゃんと返事しよう。これはただのスポーツじゃなくて、チーム運営と開発もセットだからな。分かったかな?」

 蜂須賀さんの「ユーコピー?」に、僕はすぐ「アイコピー」と返した。蜂須賀さんは早苗さんの顔を見て、「じゃあ、よろしく」と僕から距離を取った。早苗さんも下がると、スピーカーの隣でスタンバイしているチームに手を振った。すると、おへその前でバックルが熱くなってきた。やがて全身が分厚い何かに覆われていく。

 首から上、マスクはまだ転送されてこない。まず、首から下だけで慣れさせようという魂胆らしい。いきなり頭も覆わない方が良いと判断したのも理解できるぐらい、違和感も重みも凄まじい。

 外から見ると非常にスッキリしていて、旧来のものに比べれば厚みも大きさもかなり通常の衣服に近づいた印象があったけど、身を包んでみるとやはり特殊な服だというのが良く分かる。

 まずは圧迫感と動きづらさに意識が向く。装着中の体温を一定に保つ装置もついているはずだが、密閉された間隔も合わせると、かなり暑い。この状態であんな激しい運動をするなんて、装着者、ゲーム参加者への尊敬の念がますます高まる。急に装着しても躊躇なく動けた高岩も、やはり只者ではないようだ。

 軽く歩くどころか、その場でしゃがんだり、下を向いたりすることすら困難だ。脱着しやすく動きやすく改良され続けているはずなのに、適格かどうかの選別をされてしまうのも仕方ないと思えた。

「どうする? マスクもつける?」

 近付いてきた早苗さんの問いに、僕は「お願いします」と言った。こんな中途半端な状態で、引き下がっていられない。蜂須賀さん相手ならともかく、高岩には負けていられない。早苗さんは、「本当に大丈夫?」と念を押すが、僕は「大丈夫です」と強がった。

「じゃあ、転送するから動かないでね」

 早苗さんは先ほどと同様に少し離れると、向こうに控えている仲間に手を振った。少し時間を置いて、首から上がフルフェイスのヘルメットのように何かに覆われる。ヘルメットと異なるのは、全方位にほぼ隙間がないということ。かろうじて外の様子を確かめるモニターと、ピンホールのような覗き穴は確保されているが、閉所恐怖症なら装着するだけで発狂できそうだ。

 外部モニターを注視しなければ、ほぼ真っ暗だ。音声も、とてもクリアに聞こえるとは言えない。内臓のインカムで双方向のやりとりも可能は可能だが、気をしっかり保っていないと五感が寸断されたような感覚にもなる。

 首から下だけでもかなりキツかったが、マスク有りとなしでは疎外感、孤独感が全然違う。これをサクッとやってのけた高岩、本当に何者なんだ?

「どうだ。無事か?」

 耳元で、蜂須賀さんの声が響いた。僕は少し慌て気味に「だ、大丈夫です」と返した。

「そうか。ま、無理なら無理で早めに教えてくれ。一式装着できただけでも、立派だよ」

「そうなんですか?」

 僕は外部モニターと覗き穴を駆使して、外の視覚情報を集めることに注力した。目の前のヤマブキのマスクが、縦に動いた。

「外界からの刺激を軽減するのが重要な機能とは言え、色々カットしすぎだよな。地上だからまだマシだけど、これで本来の使い方をしてみろ」

 蜂須賀さんの言葉に、僕はEVAの意味を頭の中で確かめた。さっきの五感を失ったような感覚も思い出しながら、実際の状況を想像すると、自然に悪寒が走った。全身の皮膚という皮膚が、鳥肌になっている気がする。

「おお、今ので吐いてないなら十分だ。才能あるよ」

 蜂須賀さんはケラケラ笑いながら言った。不意に死角から背中を押され、バランスを崩して前のめりに倒れてしまった。受け身も間に合わず、マスクから床に叩きつけてしまった。頭も身体も、マスクやジャケットのおかげで痛みはそれほどでもない。

 床に倒れたまま立ち上がれずにいると、「すまん、すまん」と蜂須賀さんの声が聞こえて、身体を仰向けにされた。そのまま、マスクが外から外される。急な明かりの変化に、思わず目を細め、顔を背けた。ゆっくり目を慣らしていくと、早苗さんが僕の顔を覗き込んでいた。その近さに、思わずドキッとしてしまった。

「大丈夫か?」

 蜂須賀さんは、ヤマブキのマスクを付けたまま、僕の顔を見た。僕が声を出さずに頷くと、「オッケー。上等だ」と向こうにいるチームへ合図する。僕の全身を包んでいたジャケットが、自然に光となって消えていった。単に僕が、ヤマブキに抱き抱えられる形になっていた。僕は慌てて、ヤマブキの腕の中から逃れる。

 その場に立ちあがろうとするものの、力が上手く入らない。

「ああ、そんな無理しない」

 早苗さんは僕の腕を肩に回し、立ち上がるのを手伝ってくれた。全身汗まみれで、本当は密着などしたくないのだが、そうしないと歩くこともままならない。僕は早苗さんの力を借りて、ジャケットの転送を担ってくれたチームの側まで移動した。そこに集まっていた先輩たちは、僕によく冷えた水を差し出してくれた。

「ほら、ゆっくり飲んで。慌てず、ゆっくりね」

 早苗さんは、僕を床に座らせ、水が入ったペットボトルも支えてくれた。水を求めていた僕の身体は、先輩の忠告に耳を傾ける余裕もなく、冷水をガブガブ飲んでしまう。勢いよく飲んでしまったために、途中でむせてしまった。

「ほら、だからゆっくりって言ったでしょ」

 早苗さんは、僕の額に指を押し当てる。「ま、しばらく休憩ね」と言うと、蜂須賀さんの元へ戻って行った。僕は給水と休憩をとりながら、二人の訓練、リハビリを離れたところから見守った。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。