5月15日(月)
芽衣さんは颯爽とキッチンへ入り、食後のお茶を段取りしてくれている。
「急に押しかけたのに、手土産もなくてすみません」
彼女はティーカップを出しながら、「いえいえ」と言った。
「こちらこそ、お昼ご飯買ってきてもらって」
彼女はしゃべりながらも、テキパキと紅茶を入れてくれる。角砂糖の入った瓶と、「子供用の牛乳しかなくて、すみません」とミルクを小分けにして出してくれた。お言葉に甘えて、砂糖とミルクを少しだけ入れる。
「でも、結局ご馳走になっちゃって。良かったんですか?」
私の手元には、かかった費用分の代金がきっちりと積み上げられている。芽衣さんが「いいんじゃないですか?」と笑ってくれたのを見て、財布にしまう決意がようやく固まった。
廊下の奥の方から、A4サイズのクリアファイルを持った森田さんがやって来る。彼は、芽衣さんの「映美は?」の問いかけに、「向こうでぐっすり寝てる」と返し、私に中の書面が見えるようにファイルを差し出した。
「忘れないうちにコレだけ。と言っても、大したもんじゃないんですけど」
先日のアンケートのようだった。パッと見る限り、ぎっしりと書き込まれているらしく、読み応えは十二分にありそうだった。
「先日は本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ、いい経験になりました」
森田さんに合わせて頭を下げる。向こうは、「じゃあ、僕はコレで」と踵を返した。「ゆっくりして行ってください」と言い添えて、来た道を帰って行った。
芽衣さんはチラリと壁の時計へ目をやった。もうそろそろ、午後1時30分。
「もうそろそろ、上のお嬢ちゃんーー」
「あ、ごめんなさい。気にしないでください。今日は旦那もいますから」
彼女は軽く頭を下げると、ゆったりした雰囲気を醸すかのように、のんびりした動きで紅茶を口元に運んだ。在宅ワークがしやすいご夫婦とはいえ、家事にも子育てにも積極的な旦那さんがいるというのは羨ましい。
ジッと芽衣さんを眺めていると、彼女は自分のスマホを手に取った。画面をジッと見て、私の方を見て、「すみませ〜ん」と謝った。
「せっかくのお申し出なんですが、身内だけでやろうってことで」
「そうですか」
「何かあれば、お義姉経由でお願いするので、今回はお気持ちだけいただいておきます」
芽衣さんは「おむつケーキ、可愛かったんだけどなぁ」と呟きながら、スマホを操作して返事を打っている。あちらがそういう取り決めをしたのなら、仕方がない。すんなり引いて、また出直すとしよう。
芽衣さんは、「香帆さん、香帆さん」とスマホの画面を私に向けてくれた。ちょっと血色が良くなった新生児と、愛おしそうに抱く若いお母さんの写真。
「晴の一文字で、ハルちゃんですって」
芽衣さんは空いている方の手で、空中に文字を書いた。きっと、周りを明るく照らす活発な子に育つのだろう。母子ともに健康なのであれば、それで十分なのだけど。
芽衣さんは、画面の中の姪っ子が心底嬉しいらしく、とても幸せそうな笑顔を浮かべている。浮かれた陽気にちょっぴり釣られつつ、どのタイミングで、どの道のりで帰ろうか、午後の予定を頭の片隅に思い描いた。