6月3日(土)

 ルミは食卓で、先日受け取った真新しい雑誌、「ヒイラギ」を拡げている。正確には、武藤さんや森田さんが関与した同人誌というものらしい。差し出がましいことに、創刊号の表紙に、私が描いた絵を使ってもらった。雑誌全体の装丁は浪川さんのデザイン事務所が担当して、表紙の絵も少しだけご指導いただいた。
 ルミは最後の最後、裏表紙の目前、奥付までしっかり目を通して、顔を上げた。
 私は彼女の前に、切り分けたケーキと淹れたての紅茶を置いた。
「コレは、お母さんが作ったやつ?」
 彼女はフォークを手に取りながら、ケーキを指差した。私は首を横に振る。
「私はお目付役というか、見守ってただけ」
「じゃあ、ほぼ沙綾さんの手作りだ」
 ルミは「いただきます」と手を合わせ、ケーキを頬張った。事前の期待を超えたのか、眉が少し上がる。ゆっくり口の中で味わってから、紅茶を啜る。
「結構美味しいじゃん」
「驚いた?」
「正直、ちょっとびっくりした」
 彼女はパクパクとケーキを口に運び、紅茶を楽しんでいる。確かにあのお嬢さんがコレぐらいのケーキをパパッと作れるとは思わなかったけど、持ち込んだ材料と事前の練習が物を言ったらしい。
「お母さんは食べたの?」
「私は向こうで」
 お目付役の特権で、出来立てをその場で食べさせてもらった。少し時間が経っているとはいえ、しっかり冷やした分も、十二分に美味しいはず。お父さんこだわりの紅茶も、ケーキの味を引き立てている。
 ケーキを食べ終えたルミのカップに、お代わりの紅茶を注いであげる。彼女はとても幸せそうに上を向いて、しばらくボーッとしていた。私はケーキのお皿とフォークを回収し、ササっと洗ってしまった。
 ルミはノロノロとティーカップを持ち上げ、ゆっくり啜った。さっきより温度は少し下がっていたはずだけど、随分熱そうにカップから口を離した。
「どうしたの? ボーッとして」
「ボーッとしてるのは、いつものことなんらけど」
 ルミは舌を出して口の中を仰ぎながら、カップを置いた。私が冷凍庫から氷を出してあげると、素直に口に放り込む。
「ケーキと雑誌の情報量が多すぎて、処理が追いつかないっていうか、感情が追い付かないっていうか、こう、なんて言ったらいいのかな。言葉になりそうなんだけど言葉にならない感じ」
 氷を舐めながら、迸る思いの丈をぶちまける。グーっと強い何かがあるのはよく分かったけど、何を伝えたいかはさっぱり分からない。
「お母さんも読んだんなら、分かるでしょ?」
「私はまだ、読んでないけど」
「自分の絵が表紙に採用された雑誌の、それも創刊号読まないなんて」
 ルミの表情がコロコロ変わる。彼女の主張より、その変わりっぷりの方が気になって、話の中身が頭に入ってこない。
「私も編集として関わってるんだから、ちゃんと読んどいてよ。普段は本の虫なのに」
 「信じられない」とか、「理解できない」とか、そんな言葉を飲み込んだのかしら。彼女はキッと口を結んで、紅茶を飲んだ。この子がそういう主張をするぐらいだから、きっとよっぽどの雑誌なんだろう。
 私は彼女が脇に置いた「ヒイラギ」を手に取り、表紙をジッと眺めた。綺麗に印刷され、ズッシリ重みを感じるそれに自分の絵が表紙として使われているのは、やっぱり嬉しくなる。時間がたっぷりあれば今からでも開くのだけれども、そろそろ晩ご飯の支度を始めなきゃいけない。また、お父さんが出かけているタイミングにでも読んでみよう。その時は娘と意見交換できたら嬉しいな。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。