7月10日(月)

 お店の出入り口まで芽衣さんたちをお見送りしていた郁美さんが、席まで戻ってきた。
彼女はソファ席に腰を下ろすなり、アイスコーヒーをたっぷり吸い込んだ。
「芽衣さん、大丈夫そうでした?」
 映美ちゃんを連れて駅前からバスで帰ると言ってたけど、間に合うのだろうか。郁美さんは「大丈夫、大丈夫」と脇に避けたメニューを開きながら言う。
「アルプラザのところまでなら、割と何本も出てるみたいだし、間に合わなければ駅前で買い物でもするそうで」
 そういわれると、私も駅前からバスに乗った時は、割と選択肢が多かった様な気がする。乗り場が分散していて、どこの何分発に乗ればいいかはちょっと困ったけど。映美ちゃんはお利口さんだからいいけれど、小さなお嬢ちゃんを連れてのお出かけは大変だろうなと、遠い記憶を辿りながら、さっきまで目の前にいた二人に想いを馳せた。
「デザートとか、注文しません?」
 郁美さんは、グランドメニューとは別に添えられた季節限定メニューを見ている。三角に立てられている小さいメニューにも、「メロン」の文言が踊っていてとても美味しそうに見える。
 とはいえ、今し方ランチを食べたばかりで、あとはコーヒーぐらいしか入りそうにない。一口二口食べるぐらいならなんとでもなりそうだけど、隣や向かいのテーブルに運ばれてくるデザートを見る限り、食べ切るには少ししんどそうなサイズに思える。
「私はもうお腹いっぱいで」
「じゃあ、味見だけしません? 食べれるなら半分でもいいんですけど」
 郁美さんは目を爛々と輝かせながら、私に同意を求めてきた。同意というよりは、背中を押して欲しそうにも見える。新メニューの開拓、インスピレーションを得るというのもありそうだし、仕事と思って頷いておく。
 彼女は躊躇なく呼び出しボタンを押し、メロンを半分使ったメニューを注文した。
「パフェは流石に厳しいし、シフォンケーキはなんとなく想像できるんですけど、こういう映えるメニューは、自分でも挑戦してみたいですよね」
 彼女は心底楽しそうに、デザートが届くのを待っている。自分のアイスコーヒーを飲み切ると、私のカップも気にかけてくれた。
「そんな、自分で行きますから」
「私もついでなんで。座っててください」
 郁美さんの言葉に甘えて、ホットコーヒーのお代わりを頼んでしまった。彼女は空のグラスとカップを両手に持ち、向こうのドリンクバーへ歩いて行った。彼女がおかわりを持って戻ってくる間に、デザートはまだ運ばれてこない。ランチには少し遅い時間帯だけれども、どうやら人手が足りないらしい。
「来週、本当に良かったんですか?」
 郁美さんは「いいんです、いいんです」と手を振りながら言った。
「身内のことなんで、身内でやります」
「ルミの時は良くしていただいたのに」
「だって、娘さんじゃないですか。こっちは実の父親ですから、なんでもいいんですよ」
 郁美さんは豪快に笑うと、ようやく運ばれてきたデザートに目を向ける。スマートフォンで角度を変えながら何枚か写真を撮り、肉眼でも矯めつ眇めつ眺めてスプーンを差し込んだ。ここから眺めていてもとてもみずみずしそうな果肉と、メロン独特の香りが鼻をくすぐる。コレは中々、美味しそうだ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。