6月20日(火)

 少々雨脚の強い雨に、遠くの景色が白いベールに覆われている。厚ぼったく、重さも感じるその白さは、薄灰色っぽくも見えた。
 目の前のフロントガラスを叩く雨が、一定のリズムでワイパーに拭われていく。この雨の中、カッパを着てバイクに乗るのも、傘を指して少し濡れながら先を急ぐのも、私には到底できそうになかった。
 運転席に座る武藤さんは、強い雨と渋滞という組み合わせにも関わらず、楽しそうにハンドルを握っている。私の視線に気がついたらしく、彼は前をしっかり見たまま口を開いた。
「寒いですか?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ、ラジオがうるさい?」
「あぁ、いえいえ。気にしないでください」
 ラジオからは、主に高速道路の情報が流れてきている。高速道路の方は、一般道ほど詰まってはいないとのこと。武藤さんはそれを聞いてか、「そっちに行けば良かったな」と呟いた。
「急いでないので、ゆっくりで大丈夫ですよ」
「でも、いつまでも余所の男と二人っきりでドライブって訳にもいかんでしょう」
 彼はモノレールの高架まで来ると、171号線を右折した。モノレールの高架に沿って南下するらしい。こっちもこっちで混雑しているように見えるけど、彼は目の前に置いた地図アプリの案内を頼りに、車を進める。豊川駅の下を通り過ぎ、道路の向こう側にゴルフの練習場が見えてくる。それも過ぎて真っ直ぐ進むと、左手に緑が増えてきた。
「で、ココを左折、か」
 お寺さんのような建物の方に曲がり、天理教の建物だったんだと分かったところで、もう一度左に曲がる。このままグリーンロードを道なりに行って、阪神高速の高架を潜ると、茨木警察署近くの交差点まで行けるらしい。
「何だか随分、アップダウンがある道みたいで、すみません」
「いえいえ。お心遣い、ありがとうございます」
 と、武藤さんには言ってみたものの、左手に自然を眺めながらのウネウネ道は、中々に忙しない。交通量はそれほど多くなく、歩行者が急に飛び出してくる気配もなさそうだから、車を走らせる分には割と気楽かもしれないけど、助手席に座っている身には、少々応える。武藤さんの運転でこうなのだから、お父さんの運転だともっとキツいかもしれない。
 右側の運動場が見えなくなると、大分穏やかな道になってきた。アップダウンはそれほど気にならない。
「左のこれは、ゴルフ場なんですね」
 駅前をうろついているとたまに目にする、カンツリー倶楽部はここらしい。
「ゴルフはされるんですか?」
「いえいえ。全く。主人もたまにテレビで見るぐらいで」
「私も何回か誘われたぐらいで、とんとご無沙汰してます」
 武藤さんは穏やかに笑う。体格の良さもあるし、ポロシャツみたいなゴルフウェアも似合いそうなんだけど、普段はほぼ作業着姿しか拝見しない。お父さんもそんなにお洒落な方じゃないし、武藤さんも、着られるものを着ているって感じなのかしら。
「私の顔に、何かついてますか?」
 武藤さんは赤信号で止まったタイミングで、チラリと私の方へ顔を向けた。私が「いえ、何でもありません」と答えると、彼はそれ以上追求することなく、信号が変わるのに合わせて前を向いた。
「茨木駅のロータリーで良かったんですっけ?」
「厚かましくて申し訳ないんですが、東口の方でも良いですか?」
 私のわがままに、武藤さんは嫌な顔一つすることなく、「了解しました」と言った。駅まで送ってもらって、阪急オアシスに寄って。今晩何を作ろうか、頭の片隅で考えながら、武藤さんの横顔に「ありがとうございます」と告げた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。