8月23日(水)

「駅まで見送ってもらっちゃって、すみません」
 ガストでの打ち合わせを終え、今からまだ梅田で用事があるという郁美さんと、駅の改札前までやって来た。私は、自分の歩きが遅くなかったか尋ねると、彼女はすぐさま、「いえいえ」と否定してくれた。
「それに、まだまだ余裕はありますから」
 彼女によると、午後七時に阪急梅田駅に着けば十分なのだとか。今から乗ると、確かに三十分ちょっと早そうだ。
「慌ててガストを出なくても良かったんですね」
「でも、香帆さんもお忙しいでしょうから、あんまり長居しても」
 彼女は私を気遣いながら、改札の奥にある案内表示をチラッと見た。ちょうどいいタイミングで、次の特急がやってくるらしい。
「じゃあ、日曜日はよろしくお願いしますね」
 彼女は颯爽とパスケースを取り出し、流れるように改札を通り抜けて行った。ホームへ上がる前にこちらへ改めて頭を下げると、エスカレーターの方へ姿を消した。
 午後から打ち合わせを2本やり終えて、あっという間に午後六時。まだ明るい時間帯だけれども、駅を抜けてイオンを見て帰るのはちょっとシンドい気もする。せめて帰り道の無理のないところで寄り道するぐらいだろうか。
 土曜日に買い出しに行った分で基本的に賄えるけど、何か面白いものがあれば買って帰りたい。とりあえず、下へ降りて、阪急オアシスを回って帰ろう。
 駅前の塾に向かう小学生や、今から家に帰る子供たち、部活帰りや学校帰りっぽい高校生の姿もチラホラ。時折自転車に道を譲りながら、中央公園の方へ曲がる。道路向かいの角のラーメン屋さんは、今日も沢山並んでいる。
 哲朗くんぐらいの年頃なら、友達と連れ立って並んだりするんだろうか。でも、彼にああやって行列に並んでラーメンを食べるイメージがあまりない。一人暮らしだというし、年相応にインスタント麺なんかも食べそうだけど、割と健康そうなイメージもある。
 彼よりは、武藤さんの方が似合うかなぁ。濃厚なラーメンとか、街中の中華屋さんが好きそうなイメージ。濃い味付けを好みそうな気がするけど、日曜日はできるだけ身体に気を遣った味付けにしよう。
 駐車場から出てくる車を一台やり過ごし、阪急オアシスの中へ入る。そんなに買わないと思うけど、カートにカゴを載せ、青果コーナーから順番に眺めていく。この辺りに目ぼしいもの、目新しいものは特にないかなぁ。
 お肉もお魚も間に合っている。お酒も必要なものはあるし、乳製品やパンも急いで買わなきゃいけないものは特にない。あとは調味料のコーナーぐらいか。後ろに気をつけながらカートをキュッと左へ向ける。向こうに見える「だし」のところから見て行こう。
 お味噌も出汁も、ビビッとくるものは特にない。塩、砂糖も特別に欲しいものはない。お酢やみりんも間に合っている。あとはソース、ケチャップぐらいか。カートを押しながら、そっちのコーナーへ入った。
「あれ、小野寺さん」
 数時間前まで打ち合わせをしていた哲朗くんが、真剣な面持ちでソースの棚の前で立っていた。私は「こんばんは」と挨拶すると、彼は私の荷物を見るなり、「あの後、ずーっと打ち合わせされてたんですね」と言った。
「いい話できました?」
 私が頷いて返すと、彼は「それは良かった」と微笑んだ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。