12月25日(月)

 芽衣さんは、向かいのキッズスペースで子供達と遊んでいる義理の妹さんに、笑顔で手を振っていた。私たちは、家族連れで賑やかなフードコートの中、少し離れたところからコーヒー片手にそれを眺めている。
 芽衣さんは、椅子に置いた荷物がずり落ちないよう、手を添えながら積み直した。
「沢山借りるんですね」
 私はその量に、つい声に出してしまった。彼女は「ええ、まあ」と頷いて、「ほとんど、子供の絵本ですけどね」と付け加えた。
「中央図書館の方が近いし、選択肢も多いんじゃないですか?」
「そうなんですけど、時々、違うところを見たくなりません?」
 彼女の答えに、私は無意識に頷いていた。
「実は私も、そういう気分で」
「あらー、じゃあ偶然が重なって」
 芽衣さんは心底楽しそうに笑った。一瞬、視線が子供たちの方へ向いた。私も釣られてそっちを見るものの、何事もなかったらしい。義理の妹さんと目で合図し合い、再びこちらに視線が戻る。
「そういえば、この間のルミちゃん、活躍ご覧になりました?」
 芽衣さんはカバンからスマホを取り出した。先日のクリスマス会で、普段一緒に練習している方々とお披露目会をしたのは、知っている。動画もつい先日、見せてもらった。芽衣さんは、彼女が個別に記録した写真や動画を私に見せてくれる。先日見た公式記録の動画より、躍動感や息遣いがリアルに思えた。
「カッコよかったなぁ。衣装が少し派手だけど、それを上回る躍動感がもう最高でした」
 芽衣さんは目をギラギラ輝かせて、興奮気味に捲し立てた。現場で見ていた彼女の様子も、なんとなく目に浮かぶ。
「創作意欲も刺激されました?」
「それはもう、バリバリと」
 私はボソッと呟いたつもりだったのに、彼女はオーバー気味にリアクションしてくれた。反応の大きさに自分で気がついたらしく、「あ、すみません」と身体を窄めて、軽く頭を下げた。
「じゃあ、もう次の原稿も終わっちゃいました?」
 私は心がないふりをして、そのまま畳みかけてみる。芽衣さんは、「ああ、いえ、まだ」と、さっきまでの勢いが嘘のように、萎んだ風船みたいになっていた。
「でも、年内には手を付けますよ。手をつけて、可能ならそのまま仕上げまで」
 芽衣さんは力強く言い切った。その言い切りっぷりは流石だなと思わされる。あの時垣間見たプロフェッショナルなスタイルを学ぶなら、ここで切り出さなきゃいけない。私は意を決して、口を開いた。
「お邪魔でなければなんですけど、その様子、見せてもらってもいいですか? 見せてもらうっていうか、一緒に作業させてもらうというか」
 私は早口で言葉を付け足していく。どうしても学びたい気持ちが前に出過ぎて、どうにかこうにか飲みやすい条件にならないか、相手の顔も見ずにアレやコレやと切り出してみる。
「ダメ、ですよね?」
 私は恐る恐る顔を上げた。芽衣さんの顔を見ると、ちょっぴり怖い気がした表情は、さっきまでの若いお母さんのソレと全く変わらなかった。
「別に、いいですよ。旦那も子供もいないはずだし」
 彼女の軽い言い方に、私はホッと胸を撫で下ろした。
「ただ、途中の原稿は見ないでくださいね。恥ずかしいんで」
 彼女は口に手を添えて、小声で私に言った。完成した原稿がそれなりの人に見られるというのに、恥ずかしいというのは意外な気もする。反面、私と同じ気持ちなんだと安心もした。
「貴重なお絵かき組ですもんね。一緒に頑張りましょう」
 芽衣さんは私に、スッと手を差し出した。私はその手を取って、「こちらこそ、よろしくお願いします」と握り返した。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。