12月7日(木)

 武藤さんに印刷していただいた地図や書類に目を通していると、横に座っていた哲朗くんに「当日はアテンド、頼むぜ?」と肩を叩きながら言った。そう言われた哲朗くんは、いつになく歯切れの悪い言い方で、「はい」と返事をした。
「一応お願いしてる側なんだから、もっと気持ちよく返事しろよ」
 武藤さんは、「ねぇ?」と同意を求めるように私の方を見る。
「自分家の話なんだし、依頼主とのやり取りなんかも、ちゃんとサポートしてくれよ」
「それは、もちろん分かってますよ」
「分かってるなら、相応の言い方ってもんがあるだろ?」
 武藤さんの言い分もよく分かっているからか、行き場のない感情に苦しんでいるようだった。不機嫌とは似て非なるニュアンスで、哲朗くんは「すみません」と私に頭を下げた。
「私は別に良いから、気にしないで。武藤さんも、ね?」
 私は武藤さんに笑いかけたが、彼は微妙に納得していない様子で、「そうですか? じゃあ、良いんですけど」とボヤキもトーンも織り交ぜて言った。
「兄貴〜、電話〜」
 電話に対応していた香織さんが、武藤さんを呼んだ。彼はそれに返事をして、相手の名前と何番の保留かを確かめる。「ああ、あの件ね。了解」と腰を上げた。
「じゃあ、あとはよろしくお願いします」
 私たちにそれだけ言い残して、彼は自分の席へ戻って行った。すぐに受話器を取って、電話口の相手と何か話し始めた声が聞こえてくる。
 私は手元の資料に視線を戻し、まだ目を通せていない部分にサッと目を通す。メニューや予算、スケジュールも事前に打ち合わせした通り。地図に関しては、武藤さんは武藤さんでも幸次さんにも同じものが渡っているのなら、特に困ることはない。
 万が一があるようなら、哲朗くんに案内してもらえれば大丈夫だろう。確認し終えた書類を持ち帰るべく、武藤さんからいただいた新しいクリアファイルにそれらを収めた。資料から顔を上げると、まだ暗い雰囲気を漂わせている哲朗くんが、鎮痛な面持ちで座っていた。
「何か、気になることでもあった?」
 私は小声で哲朗くんに話しかけた。彼は一瞬驚いたものの、「え、ああ、何でもないです」と言った。
「本当に? タダのおばちゃんには話せない?」
 私が笑顔を作ると、彼は社長の方を一瞬見やった。まだまだ話は盛り上がっているようで、だんだん声のボリュームが大きくなっている。彼は私の方へ僅かに身を寄せた。
「実は、夕方からみぃちゃんと約束があって」
「もしかして、神戸の?」
 声を抑える彼に合わせて、私も小声で言うと、彼は小さく頷いた。そういえば、ルミもそんな話をしていたような気がする。
 さっきのスケジュールをもう一度確かめると、午後三時頃までの予定にはなっている。そこから片付けなり順調に進めても、解散は早くて午後四時前。彼だけ現地解散にしてもいいけど、それでも先約の集合時間に間に合うかは、彼にしか分からない。
 スケジュールとメニューにもう一度目を走らせる。最初は居てもらった方がいいけど、後半は別に我々だけでも問題はない。
「集合時間と、場所ってどうなの?」
 私はスケジュールを広げて、哲朗くんに問いかけた。彼の答えを聞きながら、当日の進行と展開の予想を擦り合わせていく。動かせそうな予定と、出なきゃいけないタイミングをやりとりしていると、だんだん哲朗くんの表情が明るくなってきた。
「じゃあ、そういうことで」
 私がそう言うと、彼は元気よく「よろしくお願いします」と言った。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。