9月25日(月)

 沙綾は、一人分も残っていなさそうなカレーに水を注いだ。片手鍋の持ち手を両手で握り、適当なところで蛇口を締めた。慎重にコンロへ鍋を置き、電源を入れる。彼女はお玉を鍋に入れ、温まるのを待ちながらゆっくりかき混ぜていく。
「えーっと、それから……」
 彼女は引き出しを探り、何を足すか考えている。顆粒の昆布出汁と、顆粒のカツオ出汁を見比べながら、唸り声を上げた。
「どっちかっていうと、カツオの方が合うんじゃないか?」
「そう? まぁ、一輝の好みに任せるけど」
 沙綾は昆布出汁を袋に戻し、カツオ出しの小袋を開けた。勢いよく全部入れようとするから、途中で「半分ぐらいでいいんじゃないか?」と声をかける。
「全部は多いって」
「ちょっとぐらい濃い方が美味しい気もするけど、まあいいや」
 半分より少し多めに入ったところで彼女は手を止めた。袋の口を何度か折り曲げ、塩や砂糖の隣に置いた。出汁が溶けるように混ぜながら「美味しくなかったら、一輝のせいね」と笑って言った。
「分かってる、分かってる。で、次は」
 沙綾は僕が言い終わるより早く、冷蔵庫からカットネギを取り出した。うどん二玉と共に、僕が帰り道のコンビニで買って来た追加の食材。白ネギか青ネギを大きめに切って入れるのも美味いと思うけど、ネギを切る手間を考えたら、カットネギで十分だ。
「ネギを入れるんでしょ? 言われなくても分かってるって」
 彼女はカットネギの蓋を開け、徐々に煮立って来た鍋の中を見ながら、「本当に、全部入れるの?」と疑いの目で僕を見つめる。
「全部は多くない?」
「大丈夫、大丈夫。それに、残したって使わないだろ」
 彼女は、裏返しにした蓋を元に戻し、蓋についた注意書きを読んだ。賞味期限は明日になっている。ここで使い切らないと、賞味期限までに消費する可能性は非常に低い。沙綾は「それもそうね」とネギがたっぷり入ったパックを鍋の上でひっくり返した。
 パックに張り付いたネギも、しっかり手で拾っていく。綺麗に空になったパックはゴミ箱に捨てられた。
「で、うどんだ」
 沙綾は冷蔵庫からうどんを二袋取り出した。裏面を見て、「あ、しまった」と声を上げた。
「うどんは別で茹でた方が良かった?」
 沙綾は僕に疑問を投げかける。そのままカレーの出汁に放り込んで茹でれば完成なんだけど、二人分に分けることを考えたら別に茹でた方が良かったか。
「OK、分かった。とりあえずお湯を沸かそう」
 沙綾は片手鍋の火力を最低に落とし、別の鍋に水をたっぷり張って、隣のコンロにそれをセットした。少々強めの火力で沸騰させにいく。うどん用のお湯が沸くまで、沙綾はカレーの鍋が焦げ付かないよう、ゆっくりお玉でかき混ぜ続けている。
「で、金曜日は半休なんだっけ?」
 彼女はうどんが入った袋の裏面を読みながら、もう一方の手を動かし続けている。
「社長がパーティに出席するから、急ぎの仕事がない連中は休みでいいんだって」
「なんだかんだで、哲朗くんのご両親てスゴいのね」
 沙綾は隣の鍋を気にかけながら、間が持たないのか、うどんの袋を二つとも開け始める。流石にお湯の中には入れないらしく、一旦そこまでで手を止めた。
「急に言われてもスケジュールは動かせないから、一人で楽しんで」
 彼女は、ボコボコと沸騰し始めた鍋の火力を少し下げ、カレーの方は一旦スイッチを切った。お湯の中へうどんを放り込み、引き出しから菜箸を取り出してかき混ぜ始める。
 袋の表示によると、茹で時間は90秒。スマホのタイマーを起動して、僕は湯切り用のザルを探しにキッチンへ足を踏み入れた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。