3月16日(木)

 日没後に子供の手を引かずに夜道を歩くのは、なんだかとても久しぶりな気がする。旦那も子供も自宅に残し、一日お手伝いに来てくださったお義母さんを最寄りのバス停までお見送り。
 大人が二人並んで歩くにはやや細い歩道を抜け、橋に差し掛かったところでお義母さんが申し訳なさそうに口を開いた。
「食べ散らかしたまま出てきちゃったけど、大丈夫だった?」
 夕方に帰宅予定だった康徳さんが、19時を過ぎてようやく帰宅したのと入れ違いになる形で、娘二人と晩ご飯の後片付けもお願いして、少々バタバタと出てきてしまった。
「大丈夫ですよ。こちらこそ、追い立てるみたいになっちゃって、すみません」
「気にしないで。世間の嫁と姑なんて、そんなもんだから」
 お義母さんは目を細めて笑った。肯定したものか、否定したものか迷っている間に、お義母さんは話題を切り替える。
「義理の妹さん、予定日いつだっけ?」
「来月末とか、GWとか……」
「じゃあ、あちらはバタバタね。どんどん、うちに頼りなさい。無茶振りも大歓迎」
 お義母さんは軽く胸を叩いて、「ドーンとね」とウインクした。
「あの子たちにもイトコができるんだ……。よかった、よかった」
 アルプラザの裏口から中に入って、向かいの出入り口を目指す。食品売り場の横を抜けて目の前の道路を左に曲がれば、国道171号線に突き当たる。お義母さんの少し前を歩いて先導しながら、話を拾う。
「お義姉さんも、敬子さんも、まだまだコレからありそうですけど」
「あの子たちはダメダメ。敬子もすっかりアラサー、郁美はアラフォー。昔は浮いた話も聞いたけど、最近はね……」
 手に職を持っていて、女一人で生きていくには問題なさそうだけど、器量も性格も問題なさそうに見えるところが、かえって災いしてるのか。とはいえ、姉妹の恋愛事情どころか、本人の色恋沙汰にも一切興味を持ってなさそうな康徳さんが立派なイクメンになるぐらいだから、何があるかは分からない。
 171号線との交差点で、お義母さんは「ココまででいいわ」と言った。
「あっちの吉野家の前よね?」
「そうです。最後まで、」
「ココでいいわ。信号変わっちゃったし」
 お義母さんは、歩行者用の信号を指差した。向かいに渡って左へ戻ったところに、石橋方面行きのバス停がある。
「大事な孫と、出来の悪い息子をよろしく」
 お義母さんは私に手を振ると、信号待ちをするために横断歩道へ、二、三歩近付いた。背中をじっと見ていたら、私の視線を気にすることなく、スマホを取り出して何やら操作をし始めた。
 箕面方面行きは順調に流れているように見える。バスは時刻表通りに来て、大した遅延もなく終点へ送り届けてくれるだろう。見えていないと思いつつ、お義母さんの背中に頭を下げ、踵を返した。
 来た道を戻り始めると信号が変わったらしい。ちょっとだけ立ち止まって後ろを振り返ると、お義母さんの姿はとっくに見えなくなっていた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。