5月21日(日)

 茨木イオン1階のフードコートで、家族が到着するのを待ちながら、小さめのスケッチブックを広げてペンを走らせている。もうそろそろ夕方、向こうのスタバもサーティーワンも含め、家族連れでごった返している。
 私は二人がけの席で周囲を少し警戒しながらも、気が赴くまま、筆が赴くままに絵を描いている。ここで落ち合う約束をした家族がやってくるなら、康徳さんから連絡があるはず。今のところはまだ、「家を出ました」のメッセージしか届いていない。少々安心して、時折往来を眺めて目を休めては、スケッチブックに向かうというのを繰り返していた。
 あんなに尊いものを見せられて、家に帰るまで何も描けないなんて拷問に近い。普通に帰宅してしまうと、ママを終わってからでないとペンが取れない。今のうち、この瞬間にパパパッと下書きでも終えられたら、少なくともこの先一週間ぐらいは穏やかでいられる。座席を探してフードコートを彷徨っているお客様方、大変申し訳ない……。
「アレ、森田さんの奥さん?」
 不意に上から声をかけられる。身体はびくっと震え、変な線を引っ張ってペンが止まる。顔を上げるとそこにいたのは、武藤さんのところの娘さんと、従業員くんのお連れさん。確か、陽菜ちゃんと瑞希さん。二人とも同じパンフレットを下げて、私を見つめている。
「こ、こんにちは」
 私はそっとスケッチブックを閉じて、カバンにしまう。陽菜ちゃんは私の荷物をジッと見ている。
「森田さんも、ですか?」
 彼女は、私の顔をいつになくキラキラした目で見つめてくる。入れ物の袋こそ違えど、中身のパンフレットは三人一緒。瑞希さんは袋にもピンときたらしく、黙って小さく頷いている。
 陽菜ちゃんは椅子を二つ持ってきて、往来の邪魔にならないところに置いた。瑞希さんと共に並んで座る。
「もしかして、さっきの絵も?」
 彼女らは興味津々の目でさっき片付けたスケッチブックを見ている。
「えぇ、まぁ」
「もう一回、見せてもらってもいいですか?」
「そ、それはちょっとごめんなさい」
 私がスケッチブックに手を置いて頭を下げると、向こうの二人は私より大きな動きで謝った。私は二人をなだめ、話題を切り替える。
「二人はここで見たの?」
 私には珍しい組み合わせに思えるけど、どうやら趣味が似ていると最近判明したらしく、時間を合わせて仲良く上の劇場に見にきたらしい。嬉々として語り始める彼女らを嬉しく思う反面、ちょっぴり恥ずかしい気にもなってくる。
「で、このまま母の誕生日プレゼントを見ていこうと思って」
「史穂さんのお誕生日、明日だっけ」
 そういえば、そんな話を聞いた気もする。陽菜ちゃんの予定に付き合ってあげる瑞希さん、えらいなぁ。
「おぉ、陽菜」
 向こうから大きな声が聞こえてくる。そちらを見ると、武藤さんご一家がゾロゾロと歩いてくる。隣には、駐車場で合流したらしい康徳さんたちの姿も見える。陽菜ちゃんは、お父さんに冷たい視線を向ける。
「珍しい組み合わせだね」
 康徳さんは私と瑞希さんを見ながら言った。彼が手を引いていた亜衣は、「おかあさ~ん」と足元にぶつかってくる。康徳さんは映美を抱っこし直す。
「今から、ちょっと早いお誕生日回なんだって。よかったら、君も一緒に行かない?」
 彼は瑞希さんに視線を送るが、彼女は「私はここで」とやんわり断った。「陽菜ちゃん、またね」と武藤さん一家の中でもみくちゃになっている陽菜ちゃんに声をかけ、私に挨拶すると、瑞希さんは駅の方へ出る出口に向かって歩き始めた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。