8月31日(木)

 久々に朝から降り続いた雨は、陽が落ちると共に小康状態になってきた。日付が変わる頃までには完全に上がりそうだ。そして日付が変われば、いつの間にか9月。まだまだ残暑は厳しいものの、あっという間に本格的な秋がやってきそうだな。
 フロントのワイパーと、ダッシュボードの時刻表示を眺めていると、助手席側のドアが開いた。ビルから小走りに出てきた幸弘が、傘も持たずに乗り込んでくる。
「いやぁ、一日付き合わせて悪いね」
 彼がシートベルトを締めるのを待って、車を走らせる。
「構わんさ。どうせ、暇だしな」
 幸弘は折り目のない封筒を私に差し出した。私は顔をしかめて首を振る。
「受け取ってよ」
「今日は、ただの暇つぶしだ」
 幸弘は「あ、そう? 悪いね」と封筒をカバンにねじ込んだ。
「しかし、遅くなっちゃったな」
 彼は窓の外と、目の前の時計を見ながら呟いた。
「子供らは、明日から二学期だろ?」
「大人にはただの月初だけどね」
 確かに、幸弘の言う通りだ。夏休みが終わるからと言って、親の方に特別な準備は特にない。母親はまだしも、父親の存在感は希薄だろう。私もそうだったに違いない。
「俺と違って、二人とも優秀だから宿題だなんだも全くないし、陽菜は普通に登校日だったし、完全にただの木曜日だよ」
 幸弘はなんだか自慢げだった。陽菜はともかく、智希も計画的に宿題を終わらせているとは。遊びと部活と愛犬の散歩ばかりのイメージだったが、優秀な姉のおかげか、史穂さんのおかげか、私の愚息よりはよっぽど出来るのか。
 いつだったか、最終日でも宿題が終わっていないと泣きつかれて、提出期限ギリギリまで付き合わされたこともあったっけ。あれは、幸弘が小学3、4年生の頃だったような記憶がある。香織や真琴はそんな兄を見ていたからか、私や志津香に怒られることもなく、ちゃんとやるべきことをやっていたな。
 家庭の中では少々問題児のイメージだった幸弘が、今や色んな人を結び付けている立派な経営者になっているのだから、人生、何があるか分からない。彼のおかげでたまに小遣い稼ぎさせてもらっているなんて、当時は予想だにしなかった。
「この後、うちに寄ってく?」
 さっきまでスマホをいじっていた幸弘は、一通り連絡が終わったらしく、画面から顔を上げて私の方を見た。
「家で母さんが待ってるから、まっすぐ帰るよ」
 私の返事に、幸弘は気のない様子で「そっか、そっか」と返した。彼はスマホを見ながら、「え〜」と少々気になる声を上げた。
「非常に申し訳ないんだけどさ、平和堂で降ろしてもらってもいい? 醤油が切れたんだって」
 信号で一時停止すると、彼は史穂さんからのメッセージを私に見せた。
「醤油だけ買うのに待っててもらうのもアレだし、そこまで来たら歩いて帰れるし」
 幸弘は窓の外をチラリと見上げながら言う。雨も、ほとんど降っていない。気になるようなら、平和堂なり、そこのコンビニなりで傘を買えば間に合うだろう。
「じゃあ、そこでいいか?」
 私は車を少し先に進め、後ろをしっかり確かめてバス停の少し前で停めた。
「ありがとう。じゃあ、また」
 幸弘はサッとシートベルトを外し、自転車に気をつけながら外へ出た。私は彼が手を振るのを横目で見ながら、元の流れに合流した。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。