9月3日(日)

 史穂さんが、志津香の代わりに台所へ立って、洗い物をしてくれている。里紗は志津香を椅子に座らせて、小気味いいリズムで肩を叩いていた。陽菜や智希は手持ち無沙汰そうに各々のスマホを眺めている。
「だから、兄さんの時みたいに盛大にやったらいいじゃない」
 香織は自分が買ってきた食後のアイスを、啓と分け合いながら持論を強調した。「ねぇ」と幸弘の同意を得ようとするものの、幸弘はリモコン片手にテレビを見たまま静かに否定する。
「父さんは父さんで、自分たちだけの計画があるんだよ」
 幸弘の目が私に向けられた。
「夫婦水入らずで、カッコウつけたいんだって」
 幸弘の物言いに、香織は即座に「何それ?」と反応した。「ダッサい発想」とも付け足した。幸弘はケラケラ笑って受け流す。
「肝心なのは、バァちゃんがどうしたいかじゃないの?」
 周囲の話など聞いてなさそうな智希が、ボソッと呟いた。まだ何かいいたそうな香織も、流石に言葉を引っ込める。ここからでは横顔しか見えないが、志津香の口元は僅かに笑みを浮かべているような気がする。
「そうねぇ、お父さんがやりたいようにやってくれたら、それでいいわ」
 志津香は、肩を叩いてくれていた里紗に「ありがとう」と言うと、椅子から腰を上げた。洗い物を終えたばかりの史穂さんの隣へ行き、「後はやるわ」と引き継いだ。少々不機嫌そうな香織から、空になったアイスのカップを受け取り、全員分のカップが入ったゴミ箱へ捨てた。
 香織は啓を連れて洗面所へ行った。すぐに水の流れる音が聞こえてくる。
 幸弘は壁の時計に目をやり、椅子に腰掛けたまま身体を伸ばした。
「さ、そろそろ帰るぞ」
 彼は子供たちに声をかけ、一足先に玄関へ向かった。入れ替わりに香織が戻って来る。
「順番にトイレを済ませて帰るよ」
 香織の声かけに混ざって、誰かが水を流す音が聞こえた。少しの間を置いて、玄関の扉が開く音も聞こえてくる。幸弘は、車のエンジンをかけたらしい。
 子供たちはお互いに譲り合って、順番にリビングとトイレを行ったり来たりする。史穂さんは、志津香から何かを受け取っていた。
「送って行こうか?」
 私は香織に声をかけた。香織は「いいよ。阪急で帰る」と言った。
「もうすぐ大河が始まるでしょ?」
 彼女に時計を指されるまでもなく、もうそろそろ午後八時になるのは分かっている。大河ドラマをゆっくり見たいのは志津香であって、私ではない。
「妻の好きなドラマぐらい、一緒に見てあげな」
 香織の言い分に、志津香が微かに笑った。香織は、史穂さんたちに「お先に〜。またね〜」と言い残し、啓と里紗を連れて玄関へ消えていく。志津香をテレビの前に置いて、外まで見送りに追いかける。突っかけを履き、香織たちと外に出ると、まだまだ暑さが残っていた。
 「じゃあね〜」と手を振る香織たちを見送っていると、私の後ろから史穂さん、陽菜、智希が出てくる。彼らは幸弘の車に乗り込んだ。
「じゃあ、また」
 幸弘は窓を下げて挨拶すると、ゆっくり車を発進させた。車の中で小さく頭を下げる史穂さん、一応スマホから顔を上げて私の方を見る孫たちが少しずつ遠ざかっていった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。