5月5日(金)

 居酒屋なのに連休中ということもあってか、二階には小さな子供を伴った家族連れもいた。他の席にも団体さんっぽい人たちがチラホラいる。彼らは食卓の真ん中に置かれたコンロで貝やエビを焼きながら、楽しそうに談笑していた。
 そういう私たちも2つの卓に分かれ、団体で座席を占有している。もっとも、楽しそうにしているのは目の前にいる男一人だけで、なんとなく重たい雰囲気、鬱々としたトーンが漂っている。
 一人だけ楽しそうな男は、隣に座る女子に声を掛けた。
「君も、向こうの席じゃなくていいの?」
 メニューを握り締めたまま隣のテーブルをジッと見ている女子、瑞希さんは声をかけた男、透の顔を見ることなく頷いた。彼女はサッとメニューに視線を戻した。私は透に咎めるような視線を送るも、彼は悪びれる様子もなく、私に向けて肩を竦めた。
「で、なんであんたがいるの?」
「幼馴染みが若い男と居酒屋なんて、気になるだろう? モテるみたいだし」
 透は横目で隣のテーブルに視線を投げた。あちらのテーブルは確かに賑やかだけれども、渦中の彼はあまり嬉しくはなさそうに見える。助けを求めるような視線がこちらに向いているような気もするけど、それを出迎えるのは瑞希さんの冷ややかな厳しい目。こんな怖い表情もできるんだ。おまけに、どこか可愛らしさも隠れているというか、キツい表情を作っても美人さんに見えるのは単純にすごいというか、羨ましいというか、ちょっぴりズルいとも思ってしまう。
「ま、冗談だけど」
 透は店員さんが運んできたドリンクを受け取り、私のグラスと形だけの乾杯を済ませると、グッと飲んだ。隣の瑞希さんはノンアルコールのジンジャーエールを両手で握り締めたまま、チビリチビリと飲んでいる。
 せっかくのビールを楽しみに茨音へ出かけたのに、なぜかステージに出る羽目になってバタバタしている間にビールが売り切れてたのが悲しくて、打ち上げ代わりに居酒屋へ駆け込んだのに、よく冷えたビールをグーっと飲んでお気楽にプハーっとする雰囲気じゃない。まぁ、カラカラの喉を潤すのに、そんなシチュエーションなんて関係ないんですけど。一口で半分以上が消えてしまった。
 透は通りかかった店員さんを呼び止めて、ビールのお代わりを頼んでくれた。そんな彼をジッと見て、もう一度「なんであんたがいるの?」と訊いた。
「嫁、子供はほっといていいの?」
「ほっといてっていうか、向こうは一昨日から実家に帰ってるよ」
「で、一人だから幼馴染み相手に浮気しようって?」
「そういうこと」
 彼は相変わらず楽しそうにニヤニヤしながら、まだ誰も手をつけていないポテトフライに手をつけた。ケチャップとマヨネーズをたっぷりつけて口に運ぶ。隣の座っている瑞希さんは、隣のテーブルをジッと見据えたまま鶏の竜田揚げに食らいついた。サクサクの衣と彼女の歯が醸し出す力強い咀嚼音に、「哲朗くん、逃げて〜」と心の中で叫ぶ。
「それぐらいのメイクだと、十歳ぐらい若く見えるな」
 透は私の顔をジッと見ながら、ボソッといった。ひょんなことからステージに立った後、パパッと汗を流して簡単に目元を直したぐらいだけど。
「えっ、まだ制服いける?」
「冗談、冗談。ルミが子供っぽいだけだったわ」
 透はプッと吹き出した。お腹を抱えて盛大に笑う。こいつ、マジでムカつく。どんな仕返しをしてやろうか、頭の中でこねくり回しながら、店員さんが運んできた新しいビールを口に含んだ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。