9月6日(水)

 普段なら、お昼を食べて少しうつらうつらしていそうな時間帯。今日は「女帝」との謁見のおかげで、睡魔の影も形もない。以前とは違う調度品、家具の配置も全く違うのに、彼女が座っている席は、最初から彼女のために用意されたかのようにピッタリだった。
 従来と異なるのは、従者となる仲間が私以外に3名もいること。チェックされている書類こそ私の仕事ではあるものの、紙が擦れる音しか聞こえない緊張感漂う空間に、近そうな立場の人間がいるのは心強かった。
 永遠とも思える時間が過ぎ、女帝、朋子さんは手元の紙面から顔を上げた。
「うん。良いんじゃない?」
 女帝の言葉に、止まっていた時間が動き出した気がする。ここで素直に受け止めて、無防備になるのは早計だ。小躍りしたくなる気持ちを抑え、固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「実際の誌面は、もう少し小さくなるのよね?」
 朋子さんは、もう一度A3の見開きを穴が開くように見ながら言った。私は「えぇ、もう一回り、二回りほど小さくなります」と応えた。緊張のあまり、最初の「え」は随分上擦ってしまう。目の前に置かれたカップをこっそり手に取って、ちょっと冷めた紅茶を一口飲む。
「インタビューも写真も、とっても良いわ」
 朋子さんの「ねぇ?」と同意を求める言葉に、隣に座っていた沙綾さんが気楽そうに頷いた。彼女は「レタッチもいいじゃん」と付け足した。
「可愛く撮ってもらって良かったね」
 沙綾さんは、向かいに座っていた瑞希さんに笑いかけた。もう一度、「ね?」と私の向かいに座っている上坂さんに言う。
「私の場合、いつも通りですけどね」
 上坂さんは自信たっぷりに言った。そんな彼女の振る舞いに、女帝は満足げな表情を浮かべている。私の隣で緊張が移ったのか、瑞希さんはいつもより縮こまって見えた。
「ヒイラギの告知も、コビトカバちゃんねるの告知も載せてくれるんだ」
 沙綾さんは、朋子さんの手を離れた見本に目を通していた。記事の末尾を見やすいようにして、瑞希さんの前に差し出す。そこには、彼女たちが運営しているアカウント名と、そこへ飛ぶためのQRコードが入れてある。
「いよいよ、人気作家の仲間入りだね」
 沙綾さんの明るい声に、瑞希さんの目にも光が戻ってくる。
「フリーのタウン誌なんで、影響力はそこまでないんですけど」
「そんなことないわ。地域密着で長年やってるんだもの」
 朋子さんは私に「自分たちの影響力を卑下しないの」と付け加える。
「誇りと自信があるから、私のところに持ってきたんでしょ?」
 女帝の言葉が一々突き刺さる。さっきまで想定していなかった角度から、守りの薄いところを突かれた感じ。座ってなかったら、腰から砕けていたかもしれない。
 心の中のざわつきを、必死になんでもないフリを装って落ち着かせる。
「お二人は、コレで大丈夫ですか?」
 一番重要な、インタビュー記事に出ている二人の承認がまだ取れていない。上坂さんは即座に「大丈夫です」と快諾してくれた。瑞希さんは、微妙に納得がいかないところもあるのか、渋々といった様子で頷いた。
「上坂さんと瑞希さんには改めてデータをメールするので、もし、気になるところとかあれば遠慮なく言ってください」
 私はこの後の手続きを説明しながら、瑞希さんの様子が延々と気になってしまった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。