9月30日(土)
「随分悩んでるじゃないか」
そう言う透は、全く悩む様子もなく、能天気にビールを口に含んだ。
「悩みもするよ。私のせいで色んな人の人生狂ってないか、気になって」
「うん。狂ってる、狂ってる」
彼は手元のフリーペーパーをめくりながら、私の顔も見ずに言う。
「オレも野村も、お前のせいでこうなってるからな〜」
フリーペーパーを最後のページまでめくった透は、ソレを卓上に戻して、代わりに分厚い雑誌を手に取った。
「でもさ、そんなのお互い様だろ。オレもお前の人生を狂わせてるかもしれない」
彼は誌面からチラッと顔を上げ、私の目を見て真剣な表情を作ると、急に吹き出した。
「ダメだダメだ。お前と真面目な話はできないわ」
笑いながら、顔の前で手を大きく左右に振る。一呼吸置いて息を整えながら、ビールの隣に置いてある和らぎ水を一口飲んだ。グラスをおいて、もう一度ゆっくり息を吐く。ようやく落ち着いたらしく、フリーペーパーと分厚い雑誌を揃え、鞄の中に仕舞った。
「汚れちゃ悪いよな」
フリーペーパーの裏面も確かめて、グラスについていた水滴なんかでシワができていないか、入念にチェックしてくれる。
「コレは後でゆっくり読むよ。感想もその時に送るわ」
彼は鞄の口を閉め、話題に戻るためのおまじないかのように、ビールに口をつけた。
「仮におまえのせいで何かが変わったとしても、その後にどんな選択をするか、どんな行動を取るかは、その人の責任というか、自由だろ」
「それはそうなんだけど、大事な人の人生を壊しちゃってる気がしてさ」
透は「ふ〜ん」と言ったきり、枝豆の山から一つ摘んで食べた。
「私なんか気にしないで、やりたいようにやって欲しかったな〜って」
「それは流石に望み過ぎだろ」
彼は空になったサヤをガラ入れに放り込み、次の枝豆を手に取った。
「職場の人か、取引先か、お客さんか、詳しいことは知らんけど、大事だと思える人がいるなんて、幸せなことだろ」
そんな話を、家に帰れば「大事な人」がいる透にコンコンと説教される。少なくともこの構図は地獄な気がする。
「それを、自分のワガママで変わらないで欲しい、とか望むのは欲張りすぎるわ」
「別に私のワガママで言ってるんじゃなくって」
「いいや、ワガママだね。でなきゃ、子供の屁理屈だ」
彼は手に持ったままだった枝豆を口に入れ、グラスに残っていたビールを飲み干した。隣のテーブルに料理を運んできた店員さんを呼び止め、お代わりを注文している。ついでに私はレモンサワーを注文した。
店員さんは空きのグラスも回収して一階へ降りて行った。
「欲張りすぎると身を滅ぼすし、考えすぎは身体に悪い」
透は、すっかり冷え切って誰も箸をつけていなかった、一個だけ残っていた唐揚げに手をつけた。
「大して賢くもないお前が一人で悩んだって、大した答えなんて出ないんだから、考えるのも悩むのも、時間の無駄だよ。それを理由に飲めるのは良いことだけど」
彼はテーブルに運ばれて来たビールを受け取り、店員さんに「ありがとう」とにこやかな笑顔を向ける。早速一口飲んで、喉を湿らせるなり口を開いた。
「お前は難しいこと考えないで、自分がやりたいようにやればいいんだよ。バカ丸出しで、自由奔放にさ」
「誰がバカだ。誰が」
私は拳を固く握って、透の肩に思いっきりパンチした。さっきまでにこやかにしていたムカつく顔が、いい感じに歪む。本気で痛そうに振舞う彼を見ていると、自分の悩みは随分軽くなって来たように思う。そういう生き方しかできないんなら、そういう生き方でっていうのも、ありなのか……。