2月14日(火)

 久しぶりに娘がウチに来たかと思えば、可愛らしいお客さんを連れて来た。二階から上の自宅スペースではなく、一階のサロンスペースに作った応接セットへ座ってもらった。お客様用のお茶を入れながら、沙綾の話を聞く。
「へー。一輝くんの妹さん……」
 沙綾の連れて来たお客さん、瑞希さんは少し緊張した面持ちで目の前のお茶を見つめている。沙綾に「遠慮しないで」と言われると、「いただきます」とグラスに口をつけた。
「立命館の学生さんで、映像の仕事をしたい、と」
「えぇ、まあ……」
 服の上からパッと見る限りでは、全身のバランスは悪くない。沙綾のようなメリハリのある体型ではないが、スレンダーで付くところには付いている十分に魅力的なスタイルをしている。背丈は160cm未満、極度に痩せている印象もない。
 今は肩に力が入っているけど、姿勢そのものは悪くないし、歩いている姿や立ち姿は程よく力が抜けていて、流れるような所作が身についている。一々派手な沙綾に、少しは爪の垢を煎じて飲ませたいくらいの好対照だ。
「出る方じゃなくて、撮る方をやりたいのね」
「お母さんもそう思う? 演者をやらないのがもったいないと思わない?」
 地味なくらいなのに、不思議と耳目を引く器量は、十分に映える逸材に思えるが、彼女自身から出るプレッシャー、役者っぽい気迫のようなものは感じられない。
「高校生ぐらいの時にも、そういう話はされたことがありまして」
 瑞希さんは、「『葬式の名人』って、ご存知ですか?」と言葉を継いだ。
「地震の後ぐらいに公開された、茨木オールロケっていう映画?」
 彼女は頷き、撮影時の話を語り始める。
「エキストラにって声をかけてもらったんですけど、場当たりって言うか、テストの時に交代させられちゃって」
 近い背格好の友人に出番を取られてしまった、と。
「何となく悔しくて、公開された映画を見にいったら、個人的にはイマイチピンとこなくって……」
 瑞希さんの話が一旦途切れる。沙綾は全くピンとこない様子で、「それで、なんで撮る方をやりたくなったの?」と瑞希さんに続きを促した。彼女はお茶で口を湿らせると、「茨木でも映画が撮れるんだって思ったら、なんか嬉しくなっちゃって」と言った。
「でも、映画は茨木らしさがあんまりなくって……。もっと茨木ならではの映画っていうか、いい映画作れるはずだって悔しくもなっちゃって」
 瑞希さんの話を聞いていた沙綾が、稀に見る真剣な表情で彼女を見ていた。
「で、映像作家の修行として、沙綾と一味違うYoutube動画をやりたい、と」
「沙綾さんがインフルエンサーとして活動する合間に、私たちの映像制作もやらせていただきたいんです」
 瑞希さんは「よろしくお願いします」とテーブルに額を擦り付ける勢いで頭を下げた。
「沙綾はそれでいいの?」
 沙綾の目はいつも以上に強い意思を湛えて、真っ直ぐ私を見つめてくる。瑞希さんに、頭を上げてもらうように伝えた。彼女は顔を上げ、「いいんですか?」と言った。私はそれに頷いた。
「あなたの地元愛、作家のプライド、気に入ったわ。ただし、学生だからって中途半端な作品は許さないから。私にも沙綾にも、紹介するお友達にも、失礼のない映像を作って頂戴」
 瑞希さんの顔がパッと華やいで、「ありがとうございます」と勢いよく頭を下げる。今度はテーブルに額をぶつけ、グラスに残っていた彼女のお茶が少しだけ周囲に溢れた。「大丈夫?」と笑いながら瑞希さんを手助けする沙綾に、私の中の何かがグッと揺さぶられた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。