9月11日(月)

 明日の天気予報でもと、テレビを点けて適当にチャンネルを合わせる。食卓の上には、立派な国際郵便が置いてあった。表には、久々に見る健人の日本語で、ここの住所と宛名が書いてある。
 去年の終わりに転居して住所が変わったとメールしたら返事が来なかったけど、なんだかんだで見ていたらしい。メールも筆不精な息子の顔を思い浮かべながら、味わい深い彼の字をじっくり眺める。
 残念なことに、私宛のメッセージや荷物はないらしく、先日送った沙綾のメッセージに対する元夫からの返事と、彼女宛っぽい小さなプレゼントが入っていた。自分で宛名を書いて、直接娘に送れば良いのに、日本語が書ける息子の手を借りて別れた妻に送ってくるなんて、なんて性格の悪いこと。
「ねぇ、ケビン?」
 私の足元でのんびりとテレビを見ている愛犬の頭を撫でてやる。彼は私の顔を見上げ、ペロリと舐めてくれた。
 天気予報を見るつもりで付けていたテレビは、「あれから22年」と特集を始める。そう言えば今日は、911だった。当時は1歳になる直前の沙綾とカリフォルニアで生活していたっけ。結局アレから健人が3歳になるまで向こうで暮らして、こっちに帰って来たんだった。
 その健人とも、離れて暮らすようになってもう何年? 確か、3.11の年末だったからえ〜っとーー
 スマホの通知に、現実に引き戻される。画面に出た通知は、沙綾からの「もう着くよ」のメッセージ。アプリを開いて、「了解」と返した。適当なスタンプも送っておく。アプリを閉じる前に、既読がついた。
 結局、沙綾はどれだけ長居するのだろう? 晩ご飯を食べていくのか行かないのか、その返事はまだもらっていない。彼女がいらなかったとしても、私の食事がいつになるのか分からない。パパッと食べられるように、とろ火で温めてしまおうか。
 ケビンにそのまま待っているように指示して、冷蔵庫から昨日作ったカレーの入った鍋を取り出した。そのままコンロに乗せて、一番小さい火にして温める。換気扇の音で、テレビが何を言っているか全く分からない。CMが終わると、ようやく天気予報らしい。
 キッチンから出て、引いたままの椅子に腰を下ろす。天気予報が始まったかと思えば、インターホンが鳴った。画面には沙綾の姿が写っている。テレビの音を少し大きくして、「開いてるから、どうぞ」と応えた。
 再びまだ暖かい椅子に腰を下ろし、明日の降水確率に耳を傾ける。とりあえず、傘はいらないらしい。週間予報に切り替わるタイミングで、沙綾がリビングまで上がって来た。
「へー。今日はカレーなんだ」
 沙綾はケビンを乱暴に撫で回しながら、キッチンから漂ってくる匂いに鼻を傾ける。
「食べていく?」
「お母さんのカレーを食べたいのは山々だけど、一輝が待ってるからな〜」
「あら、そう? こんな時間に呼び出して悪かったわね」
 彼女は「全然大丈夫。気にしないで」と食卓に腰掛けた。卓上の封筒を指して、「コレ?」と訊く。私が頷くと、彼女は中身を確かめ始めた。
「それで、お茶にする? コーヒーにする?」
 私がコーヒーメーカーの前で訊くと、彼女は「おかまいなく。すぐに帰るし」とそっけなく答えた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。