12月8日(金)

 ドアが開くたびに、車外の冷たい空気が入ってくる。二つ前の万博記念公園を過ぎれば、車内の乗客も乗降客も数える程度。金曜日の夜ならもう少し乗っていても良さそうなのに、二十二時台は流石に少々遅いのかもしれない。
 私たちと一緒に山田から乗って、ずっと向かいの席にいた乗客も降りて、今乗り込んできた人が代わりに座った。すぐにドアが閉まって、列車が発車する。窓から外を見ても、ほぼ真っ暗。眼下を走る車の明かりも、随分と疎らな気がする。
 私の隣で延々とスマホを触っていた沙綾は、SNSのチェックでも一通り済んだのか、不意に顔を上げて周囲を見回した。窓の外にも目を向けて、自分のスマホに視線を戻した。
「まだ十時半にもなってないじゃん」
 時間だけ確かめて、スマホをカバンに仕舞った。
「九時だからって、慌てて電車乗らなくてもよかったんじゃない?」
「貴女はそうでしょうけど、私が困るのよ」
 沙綾はそれでも不満そうな表情を浮かべている。
「今日はあくまでも私の付き添い。貴女だけで行けば良いじゃない」
「それはそうなんだけど……」
 三宮に着いた時から、彼女は終始不満そうに見えた。私の都合で行きたいところに行き、お決まりのお店を周り、新しく見たかったところを見て、やっておきたかったことを一通りやる。
 沙綾が付いて来なくてもやるつもりだった予定を全てこなして、事前に決めた予定通りの電車で帰っている。私としては、ランチのお店やお茶をするタイミングについて彼女の意見を取り入れただけでも大きな譲歩だと思っているけど、彼女はそう思っていないらしい。
「一人で行ったってどこ行けば良いか分かんないし、一輝と行ったってお買い物しにくいし」
「瑞希さんとか、他のお友達と行けば良いじゃない」
「みぃちゃんは明日行くんだって」
 沙綾は「来年、誘ってみるか〜」と呟いた。
「あら、クリスマスもまだなのに、もう来年の話?」
「でも、もうほぼ年末って感じじゃない?」
 沙綾の意見も分からなくもない。寒空の中、山のような人混みに紛れて神戸の夜を歩いてしまうと、一足早いクリスマスを迎えた気持ちになる。街もテレビも、見るものも聞くものもクリスマス一色の日が続いて、あっという間に年の瀬の話題へ移っていく。
 クリスマスを迎える準備も今日で整ったし、年始の色んな算段もほぼ付いている。忘年会とか納会にちょっと顔を出せば、あとは自分用の家事ができれば、それで良い。
「そう言えば、掃除は進んでるんでしょうね?」
「えっ?」
 沙綾は不意打ちに言葉を詰まらせた。
「綺麗に使わないようなら、さっさと売り飛ばすからそのつもりで」
 私は優しい声音と満面の笑みで娘に釘を刺した。彼女にしては珍しく、神妙な面持ちで「はい」と答えた。なんとなく、しゅんとして見える。
「おせちも、自分たちで何とかしてね。ウチに来られても、貴女たちの分は何にもないんだから」
 私の追い討ちに、沙綾はすっかりしょげ返ってしまった。今のうちにコレぐらい言っておけば、流石に自分たちで何とかするでしょう。もっとも、その甘々な予想は、一回も現実になったことはないんだけど。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。