12月27日(水)

「不和のお父様が、近々お誕生日なんですって?」
 レンジフード用のフィルターを手渡しながら、一輝さんの背中に向けて言った。彼は手元や足元に注意を払いながら、私に「ええ、まあ」と曖昧に笑って答える。
 トイレや脱衣所の換気扇には、もうフィルターを付けてもらっている。私では中々手が届かない高いところを中心に、自宅もサロンも掃除は一通り片付いた。夕方からの納会に合わせて、こっちの応援に彼を差し向けてくれたおかげだろう。
 彼はたまたま休日だったという弟くんまで連れて来てくれたが、流石に手が多すぎて彼は沙綾の方に回された。あっちの大掃除も順調に片付いているのだろうか? 彼らではダメでも、一輝さんがいれば心配ない、か。
 一輝さんは手慣れた様子で代わりのフィルターを付け、「コレで、大丈夫ですよね?」と私にチェックを求めた。ここから確認する分には何の問題ないのに、狭い踏み台の上でわざわざ身体を引いてくれる。私は「OK」と指で丸を作った。
 一輝さんは踏み台から降り、小さく畳んだ。
「コレは……」
「そこの隙間に入れておいて」
 彼は私に言われるがままに、ゴミ箱と壁の間にある隙間に、畳んだ踏み台を周りにぶつけないよう、そっと差し込んだ。
 私はパッと辺りを見回した。その場から見える範囲で、部屋をザッと眺めてみる。気になるところが全くなくなったとは言わないものの、彼にも手伝ってもらって掃除する分には、この辺りが潮時かな。
 壁の時計に目をやると、会場へ向かうにはまだまだ早い。この時間にお昼を食べてしまうのも、何だかもったいない気もしてくる。かと言って、何かをやるにしても中途半端な時間。手持ち無沙汰な時間にお茶をしてもいいんだけど、今のうちにやっておきたいこと、何かあったかしらと思っていたら、向こうの部屋からケビンの声が聞こえてきた。
 今日は帰ってくるのも遅いし、今のうちにもう一回散歩へ行ってしまおうか。
「犬の散歩に行こうと思うんだけど、どうかしら?」
 スマホを見ながら私を待っていたらしい一輝さんは、顔を上げて私の方を見た。スマホはポケットに仕舞われる。
「一緒に行っても良いんですか?」
 その「良いんですか?」は、私とケビンの両方に向けられたのだろう。私はともかく、ケビンも特に問題はなかったような……。彼の気分もあるだろうから、やってみてから悩めば良い。
「じゃあ、準備してくるから」
 私は、散歩から戻ったら、そのまま納会へ向かおうと彼に伝え、コート以外の彼の荷物も持ち出してもらうことにした。彼はそれに了承し、ついでに戸締りまで取り掛かってくれた。
 私はそれに感謝しながら、リードとコートを取りに行く。お散歩用のセットも持ち出して、ケビンにリードをつけた。一輝さんの準備が整うのを待って、二人で一緒に外へ出た。
「忘れ物、無いわよね?」
 一輝さんに一応確認して、彼が頷くのを待ってから鍵をかけた。ケビンは私たちが歩き出すのを待ってから、我々の横を付いてくる。
 日差しがある分、日向はそれなりに暖かいものの、日陰に入るとそこそこ寒い。日中でコレだから、帰ってくる頃はもっと寒いかも。散歩帰りに解散した後、防寒着を見直さなきゃなと考えながら、いつもの散歩ルートを辿り始めた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。