3月7日(火)

 ティ・コ・ラッテ-の前から北上して、キリン堂の交差点を万代の方へ曲がる。万代でも火曜日の売り出しをやっているけど、今日の目的地は平和堂。お店の前を素通りして、マクドナルドのさらに先、スターバックスの駐輪場に自転車を止める。
 自分用に、ムレスナティーのマスカットフレーバーを買う時に小休止したけど、それまで延々と自転車を漕いできたもんだから、少し身体が冷えてしまった。タイムセールにもまだ少し早い。一杯だけコーヒーを飲んだって、混み出す前にレジまで行ける。
 隣のマクドナルドもそれなりに人がいたけど、こちらも案外混んでいる。窓際の一人席は電源を取りながら長居している人がチラホラ。おしゃべりな同年輩も優雅な午後を楽しんでいるらしい。
 できれば店内で腰を落ち着けたいけど、お店の真ん中にある大きなテーブル席しか座れなさそうだ。図書館で借りた本やら、さっき買った紅茶やらが入った買い物袋を椅子に置いて、ホットのドリップコーヒーを注文する。隣のドライブインも忙しいらしく、店員さんはあちらこちらに目まぐるしく動きながら、私のコーヒーを出してくれた。
 さて、久々に中央図書館まで行って借りた、芥川龍之介の『河童』でも読もうかな。いや、ようやく借りられた気になってた雑誌の方を開こうか。大きめの冊子を買い物袋から取り出してみる。
 顔を上げて早速ページをめくろうと思ったけど、斜向かいの席に座る若い女性が気になった。ルミと同い年ぐらい、見覚えがあるような気がするけど、どこかで見たっけ?
 ジッと顔を見ながら記憶を辿っていると、視線に気がついたらしく相手の女性と視線がかち合った。彼女はこちらに軽く会釈をする。ちょっとぶっきらぼうに見えるこの娘は確か……
「野村さん?」
 向こうは「どうも」と会話を切り上げようとする。そういえばルミから、マクドナルドで配達をしている友達がいる話は聞いた気がする。「彩夏に嫌われたかも」と少し前に落ち込んでいたのも思い出した。
 彼女とルミは高校まで一緒で、そこから野村さんは関東の大学へ進学し、そのまま就職したと聞いた気がするけど……。
 野村さんは軽く挨拶をしてからは、こちらの視線を一切気にすることなく、どこか暗い表情でコーヒーを啜っている。ルミと仲良くしていた頃は、底抜けに明るい娘だった覚えがあるけど、そんな印象は微塵も感じさせない。
 時折ため息をつきながら、かなり上の空といった様子。動きもいちいち緩慢で、覇気というか、元気がない。
 自分のことをしようと雑誌に目を通すものの、なんとなく彼女のことが気になって内容が入ってこない。ジッと観察していると、野村さんは席を立ち、自分のカップを解体してゴミ箱に入れた。私も彼女と同じタイミングでコーヒーを飲み切り、野村さんの後に続いてカップを片付けた。
 店を出る彼女の後を追い、外に出たところで声をかけた。
「もし良かったら、またルミと仲良くしてあげて」
 そのまま行ってしまうかと思った野村さんは足を止め、両手をポケットに突っ込んだままこちらに振り向いた。
「嫌じゃなかったら、ルミも私も、いつでも相談に乗るから」
 彼女は何も言わず、私に軽く頭を下げて、隣のマクドナルドへ向かって歩いていく。少し先まで歩いてから立ち止まり、身体ごとこちらに向き直る。今度は、両手をポケットから出し、頭を下げた。どう声をかけるか迷っている間に、彼女はスッとマクドナルドの店内へ入って行った。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。