4月9日(日)

 ルミが買ってきた風月庵の桜餅を緑茶と共にいただいた。私がお茶を淹れ直している間、彼女は椅子に座ったまま、頻りに上半身を動かしていた。
「昨日の筋肉痛?」
 ルミは頷いて、「クールダウンもしっかりやったんだけどね」と、腕に手を添えながら「いたたたた」と苦痛を漏らした。
「明日には何ともないといいんだけど」
「流石にそこまで老いてないでしょ。大丈夫よ」
 若いと言い切るには微妙なお年頃ではあるけれど、まだまだ三十路には余裕がある。アラサーはアラサーで、「お肌も水を弾かなくなってきた」とか言ってたけど……。
 ルミの湯飲みに、新しいお茶を注ぐ。「老いって言い方ないでしょう、老いって」とブツクサ言いながらも、彼女は黙ってお茶を啜った。
「昨日、大変じゃなかった?」
「全然平気。久しぶりに彩夏ママともお話しできたし」
 急に娘から、「彩夏の子供を預かって」とメッセージが来た時は構えたものの、お子さんと共に彩夏さんのお母さまもお見えになると分かってからは、へっちゃらだった。もっとも、大人しい子だったから、彩夏ママから情報を引き継げれば、一人でも見れなくはない気もする。
「そういえば、透くんのところのお子さんも、この間のさくらまつりで見かけたわ」
「えっ?」
 先週の土曜日、元茨木川緑地をお父さんと共に歩いていたら、すっかり大人の顔つきになった透くんから声をかけられた。彼は奥さんと共にベビーカーを押しながら、桜の下を歩いていた。
「透くん、今月から関西でお勤めなんだって」
「それは知ってる。ウチで本人から直接聞いた」
 ルミは表情を変えずにサラッと言った。透くんと会った時は立ち話で挨拶ぐらいしかしなかったけど、ルミが差し出したスマホには、透くんとあっちの家で撮影したらしいツーショット写真が写っている。
「透くんも、中々やるじゃない」
「えっ。お母さん、あっちの味方?」
「どっちの味方とか、そう言うことじゃなくて……」
 彼ぐらいの大胆不適な振る舞いがルミにもできれば、今頃、彼の奥さんだったかもしれない。いや、「そうなる」には問題がいくつかあったから、学生時代に破綻したのだけど。
「貴女って、本当に真面目よね」
「そりゃあ、お父さんの一人娘だから」
 我が子ながら、不器用なぐらいの真面目さで、潔癖が過ぎてズルいことが微塵もできないのは生きにくくないのかしら、と今更ながら思ってしまう。お父さんの方針に異を唱える強さを貫けなかった私の責任でもあるんだけど。
「もうちょっと、不真面目に生きてもいいんじゃない?」
 ルミは鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、一瞬動きを止めた。「不真面目にって?」と訊いてきた。
「不真面目にっていうか、豪胆っていうか、ワガママっていうか」
「豪胆、ワガママ……」
 ルミは少し上を見ながら、私の言葉を口の中で咀嚼する。牛のように何度か反芻したらしく、一人で何度か頷くと、だんだん表情に力が戻ってくる。
「もうしばらく、ダンス頑張ってみようと思う」
 ルミの力強い宣言の裏に、色んなお願いが込められていそうなのも察知した。娘がどんどん元気に、幸せになってくれるというのなら、私も精一杯協力しよう。娘よ、程々に頑張れ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。