11月26日(日)

 日が暮れてから、ほろ酔い気分で帰宅する。それも、平日じゃなくて日曜日に。若い頃や独身の頃でもやったことがないのに、今になってやれるようになるとは、人生は分からない。
 今日は一日一人で外出し、郁美さんと一足早い忘年会も済ませてきた。自宅の鍵を開けていると、カバンの中でスマホが鳴った。通知を見ると、郁美さんから「無事に帰宅しました」のメッセージが届いていた。
 とりあえず家の中に入って、玄関で靴を脱いでから、私も似たようなメッセージを送り返した。顔を上げると、リビングの方から賑やかな音が聞こえてくる。
「おかえり〜」
 リビングに続くドアを開けると、ルミが食卓でお茶を飲みながらおかきを食べていた。彼女は壁の時計を見て、「案外、早かったね」と言った。
「もっと遅くなるかと思った」
「私もそのつもりだったんだけど、日曜日だから閉まるのが早くって」
 私はリビングにカバンを置き、コートを室内干しのラックにかけた。洗面所に行くか迷いつつ、片付け具合の確認も兼ねてキッチンのシンクで両手を洗った。パッと見るかぎりでは、洗い物も残っていないし、水切りカゴにもマグカップぐらいしか残っていない。コンロの周りも綺麗に片付いている。
 水切りカゴに伏せてあったコップを取って、水道水を蛇口から注いだ。酔い覚ましに一口飲む。カウンターから食卓の方を見ると、椅子の上に畳んだ洗濯物も置いてあった。
 ルミはかなりダラっとした体勢でテレビを見て、時々釣られて笑っている。どうやら自分で買ってきたらしいおかきも、順調になくなりつつあった。
 私はコップを空にして、サッと洗って水切りカゴに伏せた。自分の湯飲みを食器棚から取り出して、ルミの隣に腰を下ろす。ルミはテレビを横目で見ながら、私の湯飲みにお茶を注いでくれた。よそ見をしながら急須を持つから、置き直す瞬間にちょっとヒヤッとした。
「せっかく全部やってくれたのに、よそ見で台無しね」
 私の言葉に、ルミは「えー、溢してもないのに?」と口を尖らせた。その反応がおかしくて、私はつい吹き出してしまった。
「冗談、冗談」
「もしかして、まだ酔ってる?」
 ルミのツッコミに、私は「まさか〜」と言ったけど、心地いい気分はまだ抜けていない気もする。
「で、お父さんは?」
 最近寝るのが早くなっているとは言え、流石にまだまだ早過ぎる。娘だけ残して外に出るとは思えないけど、どうも姿が見当たらない。
「ああ、お風呂」
 ルミは風呂場の方へ視線をやった。そう言われると、そっちから音が聞こえてくるような気もする。やっぱりまだまだ酔っているらしい。
 テレビを見て楽しそうに笑うルミをぼんやり眺めながら、ゆっくりお茶を啜る。ジッと見ていると、ルミはこちらを見て、「なんか、見たいものあった?」と訊いた。
「ううん。別に。何時までいるのかなと思って」
「心配しなくても適当に、というかお父さんが出てきたら帰るよ」
 別に早く帰って欲しいという意味ではなかったのだけれども、彼女も彼女でそろそろ引き上げようとしていたのかもしれない。ルミは時計と風呂場とをチラチラ見ながら、残りのおかきに手を伸ばした。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。