7月29日(土)

 大量の写真が表示されているモニターを睨んでいると、向こうの方から野村さんが恐る恐るといった様子で近づいてきた。腕組みを解いて、眉間を緩めながらそちらへ顔を向ける。野村さんは手元のフラッシュメモリを差し出しながら、「今日の動画、チェックしてもらってもいいですか?」と言った。
 僕は「ありがとうございます」と言いながら、それを受け取った。今日の日付でリネームされている動画ファイルを開く。最近、例の映画プロジェクトが動き始めたため、週末のダンス練習には同席できていない。
 二現場体制は沙綾さんも同じだろうに、疲れを感じさせない動きに思える。後ろの方でちょこちょこ動いているみぃちゃんも、最初の頃に比べれば、かなり動きにキレが出てきたような気がする。
「うん、コレでいいんじゃないですか?」
 僕の言葉に、隣で縮こまっていた野村さんの表情が緩んだ。野村さんの映像編集もどんどん上手くなっている。Mサイズから直接依頼する案件はないだろうけど、この動画に関してはコレで十分だ。
「次から、ノーチェックで大丈夫ですよ。直接アップロードできるように、ログイン情報共有しておきますね」
 野村さんの視線が、壁の時計に向いた。もうそろそろ、17時半。
「今日の分は、僕の方で上げとくんで」
 野村さんは「ありがとうございます」と頭を下げると、さっきまで座っていた席へ戻り、帰り支度を始めた。僕はそれを視界の隅に留めながら、受け取った動画ファイルのアップロードに取り掛かる。
 入り口のドアが開くと、いつもよりラフな格好の武藤さんが顔を出した。野村さんは後ろを振り返り、少々緊張した面持ちで「お疲れ様です」と会釈した。武藤さんは「お疲れさん」と返し、「野村さん、今帰り?」と付け足した。野村さんは頷いて、早々に「お先に失礼します」と、僕にも頭を下げてオフィスを出ていく。
 武藤さんは「ほいほ〜い」と軽い調子で彼女を見送ると、自分のコーヒーを入れて、僕の方を見ながらカップを啜った。
「君も、いつまで仕事してるつもりだ?」
 僕はアップロードの進行度合いを見ながら、「写真の選定が済んだら、引き上げますよ」と答えた。武藤さんは人差し指を立てて、左右に振る。
「期日は大事だけど、休むのも仕事だ。また、無茶してるんだって?」
「無茶なんてしてませんよ。今やりたいことを、できる体力があるうちにやってるだけなんで」
 学問も、仕事も、半分遊びのような取り組みも。どれも手を抜かないで成し遂げたい。武藤さんは肯定も否定もせず、「でも、今日と明日はしっかり休みなさい」と言った。 「出来れば、ふらっと『いばフェス』に顔を出して、適当に飲み食いして、適当に写真とか撮って、SNSにアップロードしてもらえると、非常にありがたい」
 武藤さんは笑顔を浮かべながら、「非常に」に力を入れて言った。
「分かりましたよ。じゃあ、動画のアップロードをしてるんで、電源は落とさないでください」
 僕は充電していた自分のスマホをポケットに入れ、カバンから財布を取り出した。武藤さんは、「承知した」と笑顔で応えた。彼の「いってらっしゃ〜い」を背中に受けながら、Mサイズのオフィスを後にした。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。