2月19日(日)

 郁美さんが、妹の敬子さんと共に我が家を訪れてくれた。章二さんは相変わらず外出中で、娘のルミが一緒に来客応対をしてくれている。
「台所、お借りしてもいいですか?」
 郁美さんはプチプランスの袋を持って、台所に入って行った。敬子さんの誕生日が今日で、私とルミもお相伴いただけるらしい。ルミにお皿とフォークを出してもらい、私は人数分のお茶を用意する。郁美さんは手早くケーキをお皿に出した。
「私たちもいただいてしまって、いいんですか?」
 ルミは可愛らしい小分けのケーキを食卓に並べながら、敬子さんに尋ねた。
「いいのいいの。手土産がたまたまケーキになっただけだから」
「妹の33歳を祝ってあげてください」
 郁美さんが笑いながら敬子さんの隣に座る。一個ずつ違うケーキを順番に選び、残った一つは箱に戻した。お誕生日の歌は省いて、目の前のケーキにかじりつく。程よい甘さが、章二さん秘蔵の渋めの紅茶とよく合う。
「あ、ムジカの紅茶だ」
 敬子さんが紅茶のパッケージを見て言った。
「あの辺の調味料も、あの辺のチョコレートも、そこらじゃ買えない輸入食品よ」
 郁美さんは台所に並べてある瓶やストッカーに入っている袋を指差した。
「この間持って来ていただいた調味料も、南京町とかで買ったモノですよね?」
「ええ、まあ。お菓子とか紅茶は、主人の好みというか、こだわりに付き合わされてるところもあるんですけど」
「ホンモノを足で買え、だっけ」
 ルミの言葉に頷くと、敬子さんが驚きの表情を浮かべた。郁美さんは納得したように小さく頷いて、「定期的に三宮とか、芦屋に行かれるんですか?」と訊いて来た。
「最近私はたま〜にですけど、主人は勤務先があっちだったんで、しょっちゅう」
「へー」
 引き出しの上に、港に停泊中のタンカーと共に撮影された写真が飾ってある。郁美さんは立ち上がって写真を覗き込み、ルミに「どれがお父さん?」と尋ねた。彼女は真ん中の方にしゃがんでいる男性を指差した。
「海の男って感じですね」
 郁美さんの隣で写真を見ていた敬子さんは、ルミに「めちゃくちゃ厳しそう。怖かったでしょ」というと彼女は首を振った。
「ガンコで面倒臭いけど、怖いって思ったことは一回も」
「へー。そうなんだ」
 彼女たちは食卓に戻って来て、紅茶に口をつけた。ケーキのお皿が空くと、郁美さんがスッと立ち上がり、お皿を洗ってくれる。
「お客さんなのに、すみません」
「いえいえ。勝手にお邪魔してますから」
 郁美さんは残りのケーキを新しいお皿に移し、ケーキが崩れないようにふんわりラップをかけて仕舞ってくれた。
「それでルミちゃん、本題なんだけど」
 敬子さんがルミに話を切り出した。
「例のプロジェクトに、医療用テントも転用できないかって話を今してて」
「医療用テント?」
「フードトラックの移動販売に、医療用のテントとか間仕切りとかコンテナとか追加できたら、もう一個差別化ができないかと思ってて……」
 敬子さんは昨秋まで看護師として医療現場で活躍されていて、この2、3年で急増した主に医療用の商品がそれなりの在庫となって積み上がっているのではと、ルミに告げた。単純なデリバリー、移動販売も定着してきた今、いくつか仕掛けを増やさないと厳しい気がする、と「あくまでも素人の意見として」と口にした。その観点、アイディアがいいのか悪いのかは私には良く分からないけど、ルミの表情が少し変わったような気がする。
 ひょんなことで協力することになりそうな、郁美さんの独立開業プロジェクト。まだ見ぬ楽しみが山のように出て来そうだな。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。