3月18日(土)

 大きな公園に面した席に座り、はしゃぎ回る子供たちを眺めている。遊具の周りには比較的年若いお父さん、お母さんもいて、親子連れで楽しそうに遊んでいる。芝生の方では、大学生ぐらいの男の子たちがボールを追い回す。時折、それらの間を縫い、私の目の前を横切って、ペースを変えずに走っていく人もいる。十分に間隔をとって、二人ぐらい?
 私なんて、少し遠出して、普段より多めに歩いた程度で足腰にキているのに、少し下ぐらいの人たちが週末にしっかりランニングしているなんて、立派だわ。とても真似できない。
「すみません、お待たせしました」
 一人で感心していると、後ろのドアを開けて浪川さんがコーヒーを運んできた。
「外の席しかなくて、申し訳ない。砂埃、大丈夫ですか?」
 彼は、私が頼んだドリップコーヒーを目の前に置いてくれた。
「全然問題ないわ。広い空も気持ちいいし」
 口を動かしながら、財布を取り出そうと鞄の中を見る。すると、何かを察したらしい浪川さんが、手を横に振った。
「いや、いいですよ。一日付き合っていただいたお礼です」
「あら、そう?」
「それに、うちの連れが娘さんにご迷惑をかけたみたいなので、お詫びというか」
 浪川さんは心底申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「そう? じゃあ、ごちそうになります」
 コーヒーを口に含む。心持ちスッキリしているような気がするミルクと、コクのある微かな甘さが鼻を抜けていった。
「無脂肪乳とブラウンシュガー、でしたよね。娘さんから聞きました」
 さっきまでの表情をコロッと変えて、ちょっぴり悪戯っぽい顔を浮かべている。
「ルミと、随分仲がいいんですね」
「僕が、というよりは妹の瑞希が、ですかね。仕事も何度かご一緒させていただいているみたいで」
 妹さん? そう言えば、そんな話を「迷惑」の件で聞いた気もする。その娘と何かトラブルがあったという話ではなく、ルミが一人で勝手に自爆した、みたいなことを先週辺りに聞かされたっけ。
「それにしても、郁美さんのパワー、凄かったですね。僕だけだったら、気圧されてましたよ。本当に、助かりました」
 浪川さんは深々と頭を下げた。確かにちょっと線の細い印象がある彼と、パワフルな郁美さんとでは分が悪そうだ。デザインの領域ではちょっとした生意気さも発揮できるのに、アーティスティックな部分を全面に押し出すにはまだ若いのかもしれない。とは言え、彼やルミの周囲にいる若い男の子たちのリーダーシップがないと、乗り掛かった船は泥舟のまま沈んでしまう。
「郁美さんも浪川さんも目的は同じだし、お互いにプロなんだから、遠慮なく意見を出せばいいのよ」
「それはそうなんですけどね。強く来られそうなのが、どうも苦手で……」
 郁美さんも気が強いし、プライドも高いし、声も割と大きい方だけど、出会い頭の軽いやりとりで、良くない方に学習しちゃったかしら。
 浪川さんは、頭の後ろを指で軽くかきながら、コーヒーを啜った。半分笑ったような表情と、微妙に別のことを考えていそうな視線が少々気になる。
「苦手なら、克服してみません? 私もフォローしますから」
「克服? 克服っていうか、苦手っていうか……」
 浪川さんの視線が泳ぐ。何気なく見えて、これは案外、根深い問題かもしれない。
 コーヒーで口を湿らせ、自分で自分に、ほんの少しだけ気合を入れ直した。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。