10月27日(金)

 来月末の第4号に向けた表紙の初稿が仕上がった。各々の「痛々しさ」を大切にしているヒイラギでは、余程のことがない限り、修正はかからない。文字を載せたときの色味補正や入稿用にデータの修正はあるだろうけど、とりあえず目下の気になることはクリアできた。
 データの送付やその後のやりとりは自宅に戻ってからゆっくりやるとして、仕上がったばかりの目や気持ちを一旦冷ましていく。場所を貸してくれたルミに、お礼を兼ねて掃除でもして行こう。
 建て替えた頃に、ルミのリモート勤務が決まったため、ほぼ彼女の一人暮らしと仕事用の家になっていた。時々来ることがあっても、玄関とリビング、トイレぐらいしかウロウロしていない。
 食器棚や冷蔵庫はほとんど残して行ったため、新しめの壁や床に大してミスマッチな印象は拭えなかった。で、肝心の掃除用具だけど、建て替える前に使っていた納戸と似たような場所に仕舞ってあった。一旦掃除機を引っ張り出し、リビングまで持っていく。
 コートなしだと少々肌寒いけど、窓という窓を全開にする。コンセントを差し込んで、近い場所から掃除機をかけていく。色んなものが新しくなっているはずなのに、構造自体はあまり変えていないからか、とても懐かしい気持ちになってくる。
 コンセントを挿しては外し、掃除機を持って順番に家の中を回っていく。在りし日のルミや章二さんの影を思い浮かべながら、色んなことを思い出してしまう。
 掃除機を一通りかけ終え、元の納戸に片付けた。入れ替わりで床拭きモップを取り、ウエットシートを付け、掃除機をかけた順番で床を拭いていく。掃除機をかけた時も気になったけど、ルミはあまり熱心に掃除をしていないらしい。ウエットシートの両面をしっかり使い切りながら、何枚か取り替えたところでようやく床拭きもひと段落ついた。
 床拭きモップも納戸に戻し、キッチンへ移動した。ガスコンロ の周りやレンジフード、中の換気扇の汚れも気になるし、シンクの中や蛇口の汚れも気になってきた。もうそろそろ大掃除も始めないと、年末にパパッとやるだけじゃダメだぞと思いながら、ここはもうルミの家だから、と割り切ることにした。
 簡単な掃除で身体を動かしている間は気にならなかったけど、流石に窓全開は寒くなってきた。キッチンの窓と向かいの掃き出し窓だけ小さく開け、後の窓は順番に閉めて回った。ついでにカーテンも閉めておく。
 再びキッチンに戻って、冷蔵庫やストッカーを開けてみた。乾物や乾麺、野菜の類はあまり入っていない。色んなインスタント食品や冷凍食品、お酒や加工肉は潤沢に入っていた。調味料が入ってそうな扉を開けてみるものの、みりんやお酢が切れていた。
 晩ご飯に何か作って、それもお礼にしようかと思ったけど、これでは作りようがない。平和堂にでも行って帰って、何か作ってもいいんだけど、それはやり過ぎな気もする。
 冷蔵庫の前で一人で悩んでいると、玄関で鍵の降りる音がした。そちらへ目をやると、スーツ姿のルミが姿を現した。
「あら、おかえり」
「ただいま〜」
 ルミはカバンを食卓に置きながら、「どう、捗った?」と訊いてきた。
「おかげさまで、一区切りつきました」
「それは良かった」
 ルミは荷物をそのままに、両手を洗いに洗面所へ向かった。私はその背中を見ながら、何から話そうか、頭の中で色々と考え始めた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。